2017年10月号
特集
自反尽己じはんじんこ
対談
  • 東洋思想研究家田口佳史
  • 至善館理事長野田智義

いま、なぜ世界の
エリートたちは
東洋思想に惹かれるのか

世界はいま、文明の大転換期に差し掛かっている。西洋発の近代資本主義システムが行き詰まり、東洋へと熱い視線が注がれる中、我われは何を成すべきなのか。東洋思想の専門家である田口佳史氏と、新時代のリーダー教育に邁進する野田智義氏に、混迷打開の切り札となる東洋思想と日本の果たすべき役割について語り合っていただいた。

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MBA教育では一流のリーダーは育たない

田口 野田さんとこうして対談するのは初めてだけれども、出会いは確か17年前でしたね。日銀にいた知人から、欧米のエリートを指導している珍しい日本人がいると紹介されたのが最初でした。長年MBA教育に携わってきたけれども、もっと違った教育が必要だと痛感して、日本で新しいビジネススクールを立ち上げようとしている方なんだと。
実際に野田さんにお目にかかってみると、これまでのように技術や知識ばかり教える教育ではダメだと。もっと人間の精神を鍛えるような教育を行わなければ、一流のリーダーは育てられないという内なる思いを切々と訴えかけてこられた。お話を伺っているうちに心が熱くなりましたよ。

野田 正直申し上げて、田口先生を初めてご紹介いただいた頃の私は、まだそんなに精神的に成熟していませんでしたし、東洋思想にも何となく胡散臭い印象を持っていたんです。田口先生のような専門家にお目にかかるのは初めてでしたけれども、ものの移置1分も経たないうちに背筋がピーンと伸びました。これは素晴らしいご縁をいただいたなと。

田口 私は、この野田さんの思いに共感して学校設立の力になっていただけそうな方というと、30年来お付き合いさせていただいていた小林陽太郎さん(富士ゼロックス元会長)以外にいないと思って、すぐにお引き合わせしたわけです。

野田 おかげさまで、平成13年にはNPO法人アイ・エス・エルを立ち上げて、欧米のビジネススクールとは異なる新しいリーダー教育に踏み出すことができましたし、来年(2018年)には大学院大学至善館を日本橋で開校する運びとなりました。田口先生にはこれまで受講生の指導をはじめ、本当に大きなお力添えを賜り感謝しております。

東洋思想研究家

田口佳史

たぐち・よしふみ

昭和17年東京生まれ。日本大学芸術学部卒業後、日本映画社入社。47年イメージプランを創業。東洋倫理学、東洋リーダーシップ論の第一人者として知られる。著書に『人生に迷ったら「老子」』『ビジネスリーダーのための老子「道徳経」講義』(ともに致知出版社)『貞観政要講義』(光文社)『超訳孫子の兵法』(三笠書房)など多数。

求められるのは全人格な教育

田口 それにしても、欧米で活躍している人は大体向こうの考え方に染まってしまうのに、野田さんはよくぞそこを突き抜けられましたね。私はそこがすごいなと思ったんですよ。

野田 当時、欧米のMBA教育の現場で組織戦略論を考えつつも、こういう表層的な教育で本当によい社会がつくれるのかと、強い疑問や反発心を抱いていたんです。ちょうど1990年代の終わりのITバブルの時期で、向こうは株主価値至上主義に染まっていましてね。誰もが株を公開して手っ取り早く儲けることにしか関心を示さない。そういう中で、いかにして利益を追求するかというHOWばかりに終始する教育にどんな意味があるんだろう。それよりも、何のために企業活動を行うのかを問う教育が必要ではないか。MBAとは異なる、全人格なリーダーシップ教育をしたいと考えていたわけです。

田口 そうでした。全人格なリーダーシップ教育を標榜なさっていましたね。

野田 あれから17年経ちますが、その思いは一層揺るぎないものになっています。
全人格というのは、簡単に言えば、立場、立場で自分を使い分けないことだと思います。従来のプロフェッショナル教育に欠けていると思うのは、プロであると同時に家庭の一員であり、社会の一員であり、世界の一員であり、自然の一部でもあるという視点です。そういう視点がなく、立場、立場で人格を使い分けて行動をする人が溢れかえったら、社会は混乱してしまいます。
ですから、どんな立場に立っても貫いていく軸のようなものを育んでいくこと。そういう全人格教育が必要だと私は考えるんですが、その際に重要になってくるのが東洋思想であることを、田口先生にお目にかかって実感したのです。

田口 西洋というのは、データを分析して解決策を導き出すようなことに非常に長けているんだけれども、そういう表層的なことをいくらやっても、人の心を動かすことはなかなかできないんですね。
恐らく野田さんはMBA教育を通じてそのことを痛感されたのではないかと思うんです。野田さんがもともと持っていらっしゃったアジア的なもの、日本人的なものが、西洋を経て日本で大きく開花した。西洋をちゃんと理解し、向こうでしっかり実績を上げた方が、さらに東洋の根源的なものを追求されているところが、野田さんのすごさであり、私が好きなところでもあるんですよ(笑)。

至善館理事長

野田智義

のだ・ともよし

昭和34年京都生まれ。東京大学法学部卒業後、日本興業銀行入行。ロンドン大学・インシアード経営大学院助教授を経て、平成13年NPO法人アイ・エス・エル(ISL)を創設。17年間にわたる全人格教育の実践を土台に、30年に大学院大学至善館を開校する。マサチューセッツ工科大学経営学修士、ハーバード大学経営学博士。