2022年8月号
特集
覚悟を決める
インタビュー①
  • ピアニスト室井摩耶子

音楽の天才たちが残した
〝魔法〟に魅せられて

今年(2022)4月に満101歳を迎え、日本最高齢の現役ピアニストとして、いまなお聴衆を魅了してやまない室井摩耶子さん。終戦間際にデビューし瞬く間に地位を確立、後年「世界150人のピアニスト」に選ばれた時代の旗手である。しかしその道中には、名声を捨て、自分が納得する音楽を追求した歩みがあった。いつも自然体で飾らない室井さんを突き動かすものは何なのだろうか。

この記事は約11分でお読みいただけます

音楽は音で書かれた詩であり、言葉である

——室井さんのピアノ演奏を拝聴し、胸を打たれました。一つひとつ音が生きているというか……。

そうですか。どうもありがとうございます。

——音楽をたのしんでいらっしゃることが伝わってきました。いまお部屋に入ってこられた足取りを見ても、101歳とは思えません。

100歳を超えたからって、別にどうということはないんです。だけど年を取るほど分かることがあって、私も80歳くらいから、新しい発見が増えてきました。
やっぱりベートーヴェンにしろモーツァルトにしろ、彼らはものすごい天才ですから、そのすごさをこっちが理解していないと演奏できないんですよ、本当は。「この音とこの音を合わせれば、こういう綺麗きれいさがあるじゃないか、こういう深さがあるじゃないか」と、彼らは自分の音楽を持っていて、それを使って語っているんです。

——音楽で語っている?

私はいつも言うんですよ。「音楽は音で書かれた詩であり、小説であり、戯曲である」って。
でも実際は、五線紙に音符が書いてあるだけでしょう。いくら上手でも、それを譜面通りにチャカチャカ弾いていたらそれは音の羅列に過ぎないんです。だから、天才たちが語っていることをこっちが探し出さなきゃいけない。6歳でピアノを始めて、小学生の頃から作曲の勉強もしてきましたけれど、「あぁ、彼はこんな綺麗な、すごい話をしてたのか。よくこれまで何も知らずに弾いてきたな」って思いますよ。
もう一つ、演奏家の難しいところはね、たとえそれが理解できても、聴いている人に音として伝えるテクニックがないといけないこと。「ここはこんな音が出なきゃだめなんだ」って悩むことがしょっちゅう出てきます。

——95年ピアノと向き合ってこられて、まだ発見がある。

いまも毎日弾いています。この頃は朝10時くらいまで寝ている日もありますが、この自宅でいま言ったような練習をしたり、音楽雑誌の原稿を書いたりして、気がつけば夜中の2時(笑)。

——ご自身で健筆けんぴつを振るっていらっしゃるのですか。

ええ。私の連載は6月に出る号でもう101回になるんですが、毎月自分で原稿を書いてきました。ブログも自分で更新するんですよ。よく「お元気の秘訣は?」とかれますけれど、そんなもの、ないですね。何もないです。

——ひたすら音楽を愉しんでいらっしゃるのですね。

楽しいです。天才たちの言葉と向き合っていると、つくづく大変なものだと思いますけどね。

ピアニスト

室井摩耶子

むろい・まやこ

大正10年東京生まれ。昭和16年東京音楽学校(現・東京藝術大学)を首席で卒業、研究科に進む。20年プロデビューし、31年ウィーンへ単身渡欧。ベルリン音楽大学に留学後は世界13か国でリサイタルを重ね、ドイツで出版の「世界150人のピアニスト」に紹介される。57年帰国。平成31年文化庁長官賞、令和3年東京都名誉都民に選出。エッセイ集『マヤコ一〇一歳元気な心とからだを保つコツ』(小学館)が7月28日発売。