2018年12月号
特集
古典力入門
  • 東洋思想家境野勝悟

不朽の愛の文学『源氏物語』
に学ぶ日本人の生き方

いまから1000年以上前の平安時代中期に成立し、日本のみならず世界的にも不朽の古典として名高い『源氏物語』。40年以上にわたって『源氏物語』を味読してきた東洋思想家の境野勝悟氏に、その作品の魅力、そして日本人が学ぶべき生き方を語っていただいた。

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世界が認めた傑出した古典文学

平安時代中期に紫式部むらさきしきぶによって書かれ、傑出けっしゅつした古典文学として世界からも高い評価を得ている『源氏物語』。しかし男女の恋愛模様を描いた『源氏物語』は、「男が読むものじゃない」というのが若い頃の私の正直な印象でした。
 
私は国文科出身で、大学の論文は松尾芭蕉について書き、中・高の国語の教師となって、他にも多くの日本の現代・古典文学を読んできたのですが、『源氏物語』だけには興味が持てませんでした。
 
ところが、いまから40年以上前、国語の教師として勤めていた学校を退職して、お昼の時間が空いていたので、あるお母さんたちのグループと「一緒に何か文学の勉強をしましょうか」という話になりました。そして、「せっかく日本女性に生まれたんだから」という奥様方の要望で『源氏物語』を勉強することになったのです。
 
月に1回2時間ずつ。最初に始めたのは睦月むつき会でしたが、それから如月きさらず会、弥生やよい会、卯月うづき会、皐月さつき会と、だんだん勉強会の数は増えていき、奥様方と何十年と『源氏物語』を学んでいくうちに、私は次第に「こんなに素晴らしい文学が1000年前の日本にあったのか。日本人として誇るべきことだ」と感動するようになったのでした。

『源氏物語』の何が素晴らしいかといえば、まず一つには日本語の音の並び、文章のリズムが非常にいい。『徒然草つれずれぐさ』『方丈記ほうじょうき』の文章も素晴らしいですが、『源氏物語』は断トツでしょう。小説家の三島由紀夫は、「『源氏物語』以上の文学は書けない」と言ったそうですが、その気持ちも分かります。
 
もう1つの魅力は、時代を超越した真実の愛を描いていることです。『源氏物語』を読むと、人間の情、男女の愛というのはここまで尊いものかと教えられます。
 
ただ、物語に出てくる女性の和歌や言葉の真意が、男性の私には十分理解できないことがよくありました。そういう時には、「こう思いますがどうですか?」と奥様方に聞くのですが、ほとんど「それは違うわ」という返事が返ってくるのです。それで私は、物事の感じ方や愛のあり方は、男女でこんなにも違うのかと驚きました。

「男女平等」を教えられてきた現代人は、ともすれば、男女は何もかも一緒だと考えてしまいがちですが、やはり、法的に同権ではあっても、同質ではないのです。ここが理解できないと、よりよい人間関係、人生もつくれません。
 
そして『源氏物語』の登場人物たちは、その男女の違いを知り尽くした上で、理解し合い、お互いの愛の生活、あるいは人生を充実させていく。主人公の光源氏も、付き合った女性たちの心を深く理解し、皆を幸せにしています。
 
ちなみに、源氏が若い頃に付き合った女性は、ほとんど全員年上です。男女関係が大らかだった時代には、男は年上の女性とたくさん付き合うことで、恋愛のみならず、人情の機微きびや人生を教えてもらったのです。それは女性も同じことでした。とにかく、多様な人との心通った交流の中で自分の人格や教養を完成させていった。
 
本欄では、原文にも触れながら、不朽の古典『源氏物語』からいまを生きる私たちが学ぶべきことを考えてみたいと思います。

東洋思想家

境野勝悟

さかいの・かつのり

昭和7年神奈川県生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、私立栄光学園で18年間教鞭を執る。48年退職。こころの塾「道塾」開設。駒澤大学大学院禅学特殊研究博士課程修了。著書に『日本のこころの教育』『「源氏物語」に学ぶ人間学』(ともに致知出版社)など多数。