2016年7月号
特集
腹中書あり
我が人生の腹中の書⑥
  • 人材創研代表平尾隆行
『言志四録』『碧巌録』

「不動心」をつくる

ビジネスリーダーを対象にした研修の場で、『言志四録』『碧巌録』を併用して受講生のビジネススキル向上を促す、元日本IBMコンサルタント平尾隆行氏。歴史の風雪に耐えてきた古典をもとに、いかにして現代のビジネスリーダーに伝えているのかを伺った。

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『言志四録』との出合い

「百尺竿頭に一歩を進む」という禅語がある。約30mある竿の先に立って、さらにそこから一歩踏み出せという。この禅語の心を、私は次のようにビジネスリーダーたちに伝えてきた。

例えば部長職など組織においてある程度出世をすると、得てして人は慢心し、自分はもうこれ以上学ぶ必要はないという考えに陥りやすくなる。しかし、それでは個人の成長はもとより、組織の成長発展も望むべくもない。

そうならないためには、各自がもう一歩前に踏み出す気概を持つ必要がある。既に竿の先に立っているのだから、落ちて死んでしまうと思うかもしれないが、それくらいの心構えで前進せよと促しているのだ。

さらに付け加えるとすれば、この言葉はビジネスリーダーであれば現状に留まることなく、死ぬまで学び続けよという戒めにもなるだろう。

現在、私は活動の一環として、山城経営研究所の主席研究員として異業種企業の部長以上のビジネスリーダーを対象に禅問答を教えている。100の問答が収められている『碧巌録』を4年間かけて網羅する月1回の講座がそれだ。

大学卒業後に日本IBMで技術者として約10年間営業に携わっていた私と、現在の私とを結びつけたのは研修部門への突然の異動だった。最初は新入社員研修に始まりマネージャー研修に携わるなど経験を積むと、後にIBMビジネスコンサルティングサービスにて研修コンサルティングビジネスに従事した。社内で蓄積されたマネジメントスキルのノウハウを外部のビジネスリーダーに提供しようとの思いからだった。

そのような経歴を辿ってきただけに、若い頃の読書といっても技術書や実用書を読んでいた記憶しかない。そんな私が佐藤一斎の『言志四録』を紐解くようになったのは、何社かのマネージャー研修で『言志四録』が使われていることを知ったのがきっかけだった。

「少にして学べば、則ち壮にして為すこと有り。壮にして学べば、則ち老いて衰えず。老いて学べば、則ち死して朽ちず」
(少年の時学んでおけば、壮年になってそれが役立ち、何事か為すことができる。壮年の時学んでおけば、老年になっても気力が衰えることがない。老年になっても学んでいれば、見識も高くなり、より多く社会に貢献できるから、死んでもその名の朽ちることはない)

『言志四録』にあるこの言葉は、孔子が人間形成の要旨を述べた、

「子曰く、吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑はず。五十にして天命を知る。六十にして耳順ふ。七十にして心の欲する所に従ひて矩を踰えず」

を要約したものと言われている。

これらの言葉と、私が30代後半で部下を持ってから口癖のように言っていた、

「20代はがむしゃらに、30代は勉強、40代は体系化、50代は恩返し」

との間に相通ずるものを感じたのが、『言志四録』に傾倒していく要因になったと言えるだろう。それに付随して禅語について学ぶようになったのもちょうどこの時期だった。

人材創研代表

平尾隆行

ひらお・たかゆき

昭和26年香川県生まれ。49年東京教育大学卒業後、日本IBMに入社。SE及びSE課長を経て、日本IBM研修サービスにて情報処理研修部長、常務取締役などを歴任。平成15年IBMビジネスコンサルティングサービスにて研修コンサルタント。55歳で早期退職後に人財創研を設立。山城経営研究所で主席研究員を務める。近著に『迷いをなくす禅の言葉』(サンガ)がある。