2024年8月号
特集
さらに前進
対談1
  • 北海道日本ハムファイターズチーフ・ベースボール・オフィサー栗山英樹
  • 臨済宗円覚寺派管長横田南嶺

さらに参ぜよ30年

昨年(2023年)のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で侍ジャパンを世界一に導き、今年より北海道日本ハムファイターズの最高責任者であるチーフ・ベースボール・オフィサーに就任した栗山英樹氏。氏が尊敬して已まないのが臨済宗円覚寺派管長の横田南嶺氏である。2023年10月号特集「出逢いの人間学」に掲載されたお二方の対談記事「世界の頂点をいかに掴んだか」は非常に大きな反響を呼んだ。あれから約1年、6月6日に都内ホテルで再び両者が相まみえ、さらに深奥な人間学談義に花を咲かせた。

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WBC優勝後も自惚れなかった理由

横田 昨年(2013年)7月にえんがくで対談した時が初対面でしたが、早いものであれから1年が経とうとしています。先週も円覚寺の夏期講座で栗山監督に講演をしていただき、その前の週には私が総長を務める花園大学(京都)の記念事業で対談をさせていただき、本当にありがとうございます。

栗山 いえいえ、こちらこそです。先達せんだつの方々の本を読んでいると、「師匠を持ちなさい」ってよく書かれているじゃないですか。ちょうど7月号の特集テーマも「そうしょう」でしたけど、僕は人生の中で本当に困った時に「これ、どう思いますか」と教えをう方がどうしても必要だと思っています。
それで僕は勝手に横田管長をそういう存在にさせてもらっていて、この1年間、本当にいろんなことがあったんですけど、そのおかげで心を落ち着かせて普通に過ごすことができたなと感じます。

横田 WBC優勝後は各方面から引っ張りだこで、きっと生活が激変したでしょうから、どういう変化があったのか、お尋ねしたいと思っていました。そうしたら栗山監督の新刊『信じ切る力』の中にこう書かれていたんですね。
「WBCで優勝して、たくさんの人に好評価をもらって感じたのは、
〝ああ、こうやって人はダメになるんだな〟という思いでした。それは痛いほど感じました」
いやぁこういう感性を持っているところが、栗山監督の素晴らしさだと感じ入りました。大概の人は持てはやされるとそれに呑まれてしまって、思い上がったり失敗したりしてしまいますからね。

栗山 本当に人生でこんなに褒められることってないので、これはちょっとおかしくなっちゃうなと感じましたし、何より勝ったのは選手たちの力です。
実際、勝つ時は監督は何もしないことが多いんですよ。選手たちがそれぞれの強みや本領を発揮して形になって勝つ。一方、負ける時は監督が余計なことをしてしまうケースが多い。ですから謙遜ではなく、僕が世界一にしたっていう実感がないんですよね。

横田 「こうやって人はダメになる」という言葉で思い出したのは、私が管長になって最初の頃に先代管長から諭されたことです。管長になると人前で話をする機会が増えるんですね。構成を一所懸命に考え、準備をして、法話が終わると、聴衆がバーッと拍手をしてくれる。いい気持ちになるわけです。
でもある時、先代管長が「拍手は人をダメにする」と言ったんですね。「拍手されるたびにダメになると思え。手を叩かれるような話はまだまだだ。手を叩くことすら忘れて、思わずその手が合わさるような話をしなきゃいかん」って。その時は正直なところ「うるさいこと言うなぁ」と(笑)。

栗山 ハハハ(笑)。

横田 有り難いことにそうやって事あるごとに頭を抑えてくれていました。
明治時代の作家・斎藤りょくという人の言葉に、「拍手喝采は人を愚かにする道なり」とあるんです。決してぬぼれずに、自分を律することはとても大事ですよね。

栗山 味わい深い言葉です。

北海道日本ハムファイターズチーフ・ベースボール・オフィサー

栗山英樹

くりやま・ひでき

昭和36年東京都生まれ。59年東京学芸大学卒業後、ヤクルトスワローズに入団。平成元年ゴールデン・グラブ賞受賞。翌年現役を引退し野球解説者として活動。24年から北海道日本ハムファイターズ監督を務め、同年チームをリーグ優勝に導き、28年には日本一に導く。同年正力松太郎賞などを受賞。令和3年侍ジャパントップチーム監督に就任。5年3月第5回WBC優勝、3大会ぶり3度目の世界一に導く(同年5月退任)。6年北海道日本ハムファイターズの最高責任者であるチーフ・ベースボール・オフィサー(CBO)に就任。著書に『信じ切る力』(講談社)など多数。

野球と禅に通底する無私・無我の道

横田 栗山監督にお会いする前は野球と禅が一体どう関連するのであろうかと思っていましたけど、とびすいしゅうという人の言葉に「野球はどう」とあると聞いて、その時思い出しましたのが、はくいんぜんの『がま』という書物の中に出てくる話です。
しゃ様がある時、一番弟子のしょうさつに質問なされた。「どのような修行をすれば、だいはん(悟り)に至ることができるか」と。すると迦葉菩薩は坐禅が大事だとか戒律を守ることが大事だとか、思いつく限り答えるけれども、お釈迦様はすべて許可なさらなかった。そこで迦葉菩薩が「では、一体何が必要ですか」とお尋ねすると、お釈迦様は「ただ無我の一法のみ、涅槃にかなうことを得たり」とお答えになった。つまり、私をなくすことだと。
そこで、ああ、なるほど。こういうところで野球の道と禅の道が通じてくるのかと。これは非常に大きな発見でございました。

栗山 僕が尊敬している稲盛和夫さんも「動機善なりや私心なかりしか」とおっしゃっていますが、魂がれいに磨かれた状態になっていると、物事がいい方向に進むような気がします。選手のために、チームのために、ファンのために、そういう自分以外の誰かのため、何かのためということを考えてやっていると、「私」が消えていく感覚があるんです。

横田 お聞きしたところによると栗山監督はWBCが終わった後、チェコを訪れたそうですね。私はそれを知って感動しました。チェコと言えば、WBCの一次ラウンドで日本と対戦し、大差で敗れたものの、そのすがすがしいスポーツマンシップが注目を集めましたよね。

栗山 チェコ代表の監督は神経内科医で、選手も皆それぞれ本職を持ちながら野球をやっているアマチュアのチームです。彼らと試合をしていてその全力プレーに勝ち負けを超えてものすごく感動したんです。象徴的だったのは佐々木ろうの162キロの剛速球が膝に直撃した時、デッドボールを受けた選手はしばらくもんぜつした後、一塁線上を走り出しプレーを続行したんです。これには驚きました。
そういう彼らの必死さに触れた時に、これがスポーツの原点なのかもしれないと思い、どうしても現地に行ってみたかったんです。

横田 そこでチェコの監督かコーチから「素晴らしい選手になるためにはどうすればいいですか」と聞かれた時の栗山監督の答えにも、私は心を打たれました。「素晴らしい選手になるためには、よりよい人間にならなくてはいけない」と。

栗山 チェコ代表の人たちは人間性が素晴らしいですよ。彼らと向き合った時に、スポーツがどうあるべきか、人はどう生きるべきかを教えていただきました。

臨済宗円覚寺派管長

横田南嶺

よこた・なんれい

昭和39年和歌山県新宮市生まれ。62年筑波大学卒業。在学中に出家得度し、卒業と同時に京都建仁寺僧堂で修行。平成3年円覚寺僧堂で修行。11年円覚寺僧堂師家。22年臨済宗円覚寺派管長に就任。29年12月花園大学総長に就任。著書に『禅の名僧に学ぶ生き方の知恵』『人生を照らす禅の言葉』『禅が教える人生の大道』『十牛図に学ぶ』『臨済録に学ぶ』など多数。最新刊に『無門関に学ぶ』(いずれも致知出版社)。