2022年5月号
特集
挑戦と創造
インタビュー③
  • 能楽師辰巳満次郎

能楽の可能性を
どこまでも追及したい

世阿弥から600年、さらに源流を遡れば千数百年もの歴史を刻んできた能楽。シテ方宝生流能楽師として、能楽はもとより、日本の芸術文化の可能性を追求し続ける辰巳満次郎氏に、その挑戦と創造の歩み、能楽に懸ける思いをお話しいただいた。

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日本人の忘れ物を届けたい

——宝生流ほうしょうりゅうの能楽師として国内外の舞台で活躍される辰巳さんは、東京と大阪の2拠点を週に何度も往き来する多忙な毎日を送られているそうですね。

いまは舞台や稽古に加え、2年前に立ち上げた日本芸術文化戦略機構(JACSO)の活動に特に力を入れています。これは世界に冠たる日本の芸術文化を、単なる鑑賞に留まらず、教育やビジネスなど様々な分野に活用し、社会貢献へつなげていきたいと考えて立ち上げたものです。日本の芸術文化というのは1400年前、聖徳太子が側近のはたの河勝かわかつに命じて海外から入ってきた芸術文化をまとめ、日本独自の基盤をつくったところに端を発しています。能もその中の一つですが、そうした世界で最も古い歴史を誇る日本の芸術文化は、現代人の生き方やビジネスにも役立つヒントが満載で、学びの宝庫であると思っているんです。
例えば、世阿弥ぜあみの『風姿花伝ふうしかでん』がなぜ世界中で読まれているのかというと、後を継ぐ者の心得を記した一流の虎の巻だからです。そこには教育論、経営論など、様々な知恵が詰まっているんですよ。
ところが、せっかくそうした素晴らしい芸術文化があるのに、日本では関心が薄く、喪失の危機にひんしてさえいます。文化に割り当てられる国家予算も少なく、世界で最もその価値が認められていない国だと思うんです。

——それはなぜでしょうか。

縦社会であることが問題だと思います。能楽、雅楽、歌舞伎、文楽、日本舞踊と、それぞれに頑張ってはいるけれども、横や斜めの交流がないために、その価値が世間に十分発信できていません。我われ舞台人ばかりではありません。例えばうるしの職人さんがいなければ、我われの業界では能面一つつくれない。そういう舞台人を支えてくださる職人の方々もたくさんいらっしゃる。
ですから、芸能文化に携わる者が手を携え、日本人の忘れ物を、最高レベルで発信していきたいと考えて、JACSOではセミナー、SNSなどを通じて様々な普及活動を展開しているんです。この活動を通じて、芸能文化が大事だということ、社会貢献にもなり得るんだということが立証できれば、もっと多くの方々に関心を持っていただけると考えています。

能楽師

辰巳満次郎

たつみ・まんじろう

昭和34年兵庫県生まれ。父・辰巳孝に師事し、4歳で初舞台。東京藝術大学音楽学部邦楽科卒業。宝生流十八世宗家宝生英雄の内弟子となり、61年独立。平成13年重要無形文化財総合認定、17年度大阪文化祭賞奨励賞受賞。文化庁文化交流使。多数の海外公演や、新作能「マクベス」「六条」等の主演、演出も手掛ける。