2021年9月号
特集
言葉は力
  • メディア報道研究政策センター理事本間一誠
国語の力を取り戻すために

よき言葉の種を播こう

日本人の国語力の低下が叫ばれて久しい。元高校教師でメディア報道研究政策センター理事の本間一誠氏は、早くからこの現実に警鐘を鳴らしてきた。日本語が直面する現実と今後について、教師としての体験を盛り込みながら論述いただいた。

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惨憺たる日本語

本誌を読者が手にされる頃、武漢ウイルスのため一年延期となった東京五輪も開かれ、各国選手たちの活躍が連日報じられていることでしょう。今回「国語の力」をテーマに書くにあたり、東京五輪との連想でどうしても思い起こしてしまう出来事があります。

昭和39(1964)年の東京五輪から58年目、今回の二度目の東京五輪における招致活動の合言葉は、東日本大震災の惨禍 さんかからの確かな立ち直りを期した「復興五輪」でした。残念ながら途中で「コロナに打ちつ」となって かすんでしまいましたが、当初の初心はそこにありました。

平成27年7月、東京オリンピック・パラリンピックを象徴する新エンブレム発表会の模様がテレビで中継されましたが、幕が落とされて現れたのは、まるで喪章のように黒い陰鬱 いんうつな色と異様なデザインのエンブレムで、テレビで見た瞬間これは駄目だと直感しました。その後、この作品には盗作疑惑が持ち上がり、結局9月には白紙撤回されることになります。

私が衝撃を受けたのはこの作品だけではありません。この発表会で女性アナウンサーが新エンブレムの基本構想を説明したのですが、その文言には耳を疑いました。 いはく、「全ての色が集まることで生まれる黒はダイバーシティーを、全てを包み込む大きな円は一つになったインクルーシブな世界を。そしてその原動力となる一人一人の赤いハートの鼓動。オリンピック・パラリンピックのエンブレムは同じ理念で構成されています。オリンピックエンブレムは、Tokyo・Team・TomorrowのTをイメージし、パラリンピックエンブレムは普遍的な平等の記号、イコールをイメージしたデザインとなっています」云々 うんぬん

驚くべきことに、説明はこのようにエンブレムのあまりの内容のなさを片仮名言葉と横文字で誤魔化した惨憺 さんたんたる日本語でした。ここには「日本」がありません。第一、diversityとかinclusiveとかの横文字を一体国民の何割が理解できたでしょうか。「多様性」「包括的」という簡明な国語をなぜ使わないのか。公に発表する以上、 しかるべき部署の決裁を経た文言だろうと思えば、ここに現代日本の国語劣化の深刻さが象徴的に表れているように思われてなりませんでした。問題の根は大変深いのです。

メディア報道研究政策センター理事

本間一誠

ほんま・いっせい

昭和20年東京都生まれ。皇學館大学文学部国文科卒。鹿児島県、千葉県の県立高校に国語教師として勤務の後、平成元年に三重県の私立高校に転じる。23年から28年にかけて雑誌『正論』に「一筆啓誅 NHK殿」を連載し、現在、社団法人メディア報道研究政策センター理事。