2026年3月号
特集
是の処即ち
是れ道場
対談
  • ラ・ロシェル店主坂井宏行
  • シャトー ラ・パルム・ドール オーナーシェフ後藤雅司

一流への道は
かくしてひらかれた

言わずと知れたフランス料理界の巨匠で、83歳のいまも現役を貫く「ラ・ロシェル」店主の坂井宏行氏。独立して46年になる。その坂井氏に憧れ、伝説の人気番組「料理の鉄人」でかつて対決した経験を持つ後藤雅司氏、63歳。三重県津市に「シャトー ラ・パルム・ドール」を構え、今年(2026年)開業25周年を迎えた。20歳の差はあれど、修業時代に徹底して腕を磨き、数々の得難き出逢いに恵まれ、不退転の覚悟で絶体絶命の窮地を乗り越え、長く愛される名店を築き上げてきた道のりには驚くほど共通点が多い。一流のオーナーシェフはどこが違うのか。お二人の人間学談義に学ぶ。

    この記事は約26分でお読みいただけます

    ラ・ロシェル店主

    坂井宏行

    さかい・ひろゆき

    昭和17年鹿児島県出水市出身。中学卒業後、17歳でフランス料理の世界へ。ホテル新大阪に入社し、働きながら夜は辻調理師専門学校に通う。19歳で単身オーストラリアに渡り、帰国後は銀座「四季」で3年間修業。「西洋膳所ジョンカナヤ麻布」などでシェフを務め、55年独立。南青山小原会館に「ラ・ロシェル」を開業。平成元年渋谷に移転。11年「ラ・ロシェル南青山」、14年「ラ・ロシェル福岡」、22年「ラ・ロシェル山王」をオープン。17年フランス共和国より農事功労章「シュヴァリエ」受章。

    シャトー ラ・パルム・ドール オーナーシェフ

    後藤雅司

    ごとう・まさし

    昭和37年三重県津市生まれ。大阪あべの辻調理師専門学校を卒業後、四日市都ホテルや名古屋ヒルトンなどを経て、平成2年に単身渡仏。フランス各地のレストランで約2年修業。帰国後、三重県青山町の「リゾートパラデューム」で総料理長を務める。13年津市に「ラ・パルム・ドール」を開業。27年に移転し、結婚式場を備えた「シャトー ラ・パルム・ドール」をオープン。31年にパティスリーとブーランジェリーも併設。

    料理人の人間性がお皿にも現れる

    坂井 後藤さん、お元気そうで!何年ぶり?

    後藤 おそらく10年ぶりくらいですね。きょうは長年愛読している『致知』で、あこがれのムッシュと対談の機会をいただき、喜び勇んで三重からまいりました。

    坂井 僕もこの本はずっと読んでいて、勉強になるところはいつもスタッフにも共有しています。
    後藤さんと初めてお会いしたのは「料理の鉄人」での対決でしたから、もう長いですよね。

    後藤 あれは1997年なので、29年前です。ただ実はその10年前に、ムッシュのお店に仲間と一緒にランチを食べに行ったことがあるんです。ムッシュが45歳で、私が25歳の時。

    坂井 ああ、そう。全然覚えていない(笑)。

    後藤 そりゃあそうですよ。僕らみたいな駆け出しの若い料理人がこぞって見学に来ていたでしょうからね。いまでも忘れられないのはムッシュ自らちゅうぼうを案内してくださったこと。20歳下の僕にすごくフランクに接してくれ、そのふところの深さに感銘を受けると同時に、料理人の人間性がお皿にも現れることをつくづく感じました。

    坂井 僕は上下関係をつくるのがあまり好きじゃなくて、みんな仲間だと思っているので、「どうぞ、どうぞ」って。また、急にお客さんが入ってきても大丈夫なようにきちんと整理整頓して、れいにしておく。キッチンを見せられないようではダメだといつも言っているんですよ。それは当時もいまも変わりません。

    後藤 「料理の鉄人」で対決したのはまだ独立する前で、当然レベルが違ってボロ負けでしたけど、ムッシュはその時に手長エビのビスクをつくられました。それ以来、「ムッシュよりおいしいビスクをつくらなあかん」と思って試行錯誤を重ね、いまなお当店の定番になっているんです。
    それと、対決した翌年の初めにムッシュから直筆の寒中見舞いが届きましてね。ものすごく達筆で「これから料理人として励んでください」という激励のメッセージをいただいて感動しました。

    坂井 その後も、半年に1回くらい仕事で三重に行く機会があったので、何度か後藤さんのお店に足を運びましたね。

    後藤 ディナーに2回来ていただきました。僕は手書きでメニュー表を書かせてもらっているんですけど、1回目はそれを持って帰られて、2回目はたまたま忘れられたんだと思います。見ると、メニュー表の余白に一つひとつの料理の感想が書かれてあったんです。この姿勢にも心を打たれました。

    坂井 僕はどんなお店に行っても余計な観察はしないで素直に食べさせてもらうんですよ。その中で「これはいいな」と感じたことは自分の料理にもどんどん取り入れていく。特に若い人に積極的に投資をして、無の状態で味わうようにしています。

    1997年にテレビ番組「料理の鉄人」で対決した時 (坂井氏55歳、後藤氏35歳)

    50年と25年、それぞれ欠かさない習慣

    後藤 それにしても、ムッシュは83歳に見えませんね。いまも体を鍛えられているのですか?

    坂井 週2回は必ずスポーツジムに通っていて、もう50年近くになるでしょうね。その他にもパーソナルトレーニングや趣味の和太鼓、ロードバイク、ゴルフ、ジェットスキーなどを何十年と続けています。マグロですよ、止まったら死んでしまう(笑)。
    やっぱりトップは常に元気でいなきゃダメです。トップが病気がちだと、部下は安心してついてこられませんからね。逆に言えば、「トップがこれだけ努力しているんだから、もっと頑張らなきゃ」とその気にさせるのは、トップの率先垂範にかかっています。
    僕はいまも毎日、基本的に午前中は事務所で帳面を確認したり取材を受けたりして、午後は現場を回ります。昨年 (2025年) 末に物件の契約満了で南青山店が閉店し、現在は東京・山王と福岡・大手門の2店舗です。料理は各店舗のシェフに全部任せていますし、経営は息子が社長として担ってくれていますが、方向性だけはきちんと示すようにしています。その上であとは「おまえらの好きなようにしろ」と。4年後が50周年で、僕もべい寿じゅになるので、そこまでは現役で頑張ろうと意気込んでいます。

    後藤 当店はおかげさまで今年開業25周年を迎えました。フレンチレストランから始まり、いまは結婚式場やブーランジェリー、パティスリーを併設し、約6,300坪の広大で自然豊かな場所に建っています。それぞれのお店に神棚をまつっていますので、朝出勤するとさかきの水を替えて手を合わせるのが、毎日の習慣ですね。若い頃読んだ本に、成功している経営者は必ず神様を敬うと書いてあり、独立から今日に至るまで25年ずっと欠かさずに続けています。
    コロナでウェディングが閑散としましたので、いまは業容を拡大するとか新店舗を出すよりも、いまあるお店をさらに充実させることに力を注ごうと。「Oneceワンス=かけがえのない一度に感動を」をキーワードに、週に1回、ブーランジェリーでパンを買っていただき、月に1回、パティスリーでケーキを買ったりデザートビュッフェを楽しんだりしていただき、年に1回、誕生日や記念日にフレンチレストランに来ていただき、そして一生に一回はウェディングを挙げていただく。

    坂井 素敵なコンセプトですね。

    後藤 25年が経ち、かつて当店でレストラン・ブライダルをされたカップルのお子さんが当店で結婚式を挙げるというケースが既に2組生まれていて、これは何とも言えない喜びですね。世代を超えて愛される「シャトー ラ・パルム・ドール」であり続けたいというのがいまの目標なんです。