2018年10月号
特集
人生の法則
誌上対談
  • (左)公益財団法人郷学研修所・安岡正篤記念館副理事長兼所長荒井 桂
  • (右)公益財団法人郷学研修所・安岡正篤記念館理事長安岡正泰

後世に語り継ぎたい
安岡正篤の教え

致知出版社では今秋、『致知』創刊40周年記念出版として『安岡正篤活学選集(全10巻)』を刊行する。混迷を極めるいまという時代に、安岡師の選集を刊行する意義、また各著作から見えてくる人生の法則について、ご子息で郷学研修所・安岡正篤記念館理事長の安岡正泰氏と、副理事長・所長として安岡教学の継承に尽力する荒井桂氏に語り合っていただいた。

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安岡教学を実践してきた『致知』

安岡 ご案内のように、致知出版社から『安岡正篤まさひろ活学選集(全10巻)』が刊行されることになりました。『致知』の創刊40周年の節目に企画いただいたということですが、これは安岡教学を顕彰する私たちにとっても喜ばしいことですね。

荒井 私はこれはとても画期的なことだと思っているんです。といいますのも、選集の10冊は安岡正篤先生のそれぞれの時代の著作や講話集を代表するものばかりで、選集をひととおり読めば、安岡教学の大枠をつかむことができるからです。いいものを選ばれたと思いますね。
致知出版社のほうから巻ごとの解説を書くよう依頼されましたが、どのように書いたら選集のよさがよりよく読者の皆様に伝わるのか、いろいろと構想を練っているところです。

安岡 しかも、この選集が人間学を長年一貫して探究してきた出版社から出ることの意義もまた大きいのではありませんか。

荒井 安岡正篤先生の教えをひと言で申し上げれば、和漢洋の古典と歴史に立脚した「活きた人物学」、あるいは「実践的な人間学」ととらえることができますが、このことは毎号質・量ともに圧倒的と言うべき実践の記録が満載されている『致知』の精神とも通底つうていしているとかねがね感嘆しています。
『致知』に登場される方々を拝見していますと、企業や組織のリーダーが少なくありません。そのリーダーにとって最も大切なことはその時々の状況判断と決断と申せましょう。

安岡正篤先生がいろいろなところで説かれている言葉に「知識・見識・胆識たんしき」がありますが、知識は本を読めばいくらでも身につけることができる。その知識をある理想なり志に合わせて整理したものが見識です。しかし、いくら優れた見識があったとしても、それを実践に移さなくては意味がありません。リーダーの状況判断には見識、決断には胆識が不可欠なのですが、多くの『致知』の登場者は立場や表現こそ違え、同じようなことを共通しておっしゃっています。
このように見てまいりますと、『致知』が追究してきたことと安岡教学のそれとは、符合するというよりもむしろ一致するとすら思えるんです。

公益財団法人郷学研修所・安岡正篤記念館理事長

安岡正泰

やすおか・まさやす

昭和6年東京生まれ。安岡正篤氏の二男。31年早稲田大学第一法学部卒業。日本通運入社。東北、関東地区の支店部長、本社広報部長などを経て、平成元年取締役就任。常務、中部支店長を歴任し、7年日本通運健康保険組合理事長。11年退任。現在、郷学研修所・安岡正篤記念館理事長。監修に『安岡正篤一日一言』(致知出版社)などがある。

安岡正篤師と木鶏

安岡 私も同感ですね。それにいま国内外に広がっている『致知』の勉強会である木鶏クラブ。最近では各地域の人たちばかりではなく、社内での木鶏もっけいクラブも増えてきているそうですが、『致知』の根底に木鶏クラブという存在があることは、『致知』を語る上で決して欠かせないと思います。

荒井 この木鶏というのは『荘子そうじ』にある言葉で、それを世に知らしめたのが安岡正篤先生でしたね。

安岡 ええ。父が取り上げなかったら、いまだに埋もれたままだったかもしれません。どのような事態にも動じない人間になることを木の鶏にたとえた名句ですが、父に心酔していた名横綱・双葉山は連勝が69回で止まった時、「いまだ木鶏たりえず」と父に打電したことはよく知られています。その頃、父はちょうど洋行中で船でこの電報を受け取っていますが、双葉山が直接打電したのではなく、双葉山の信奉者が双葉山に代わって打ったという説があり、いまだに定かではありません。
少し余談になりますが、私は双葉山に抱っこされたことがあるんですよ。父がアメリカから帰国した時、港まで双葉山が迎えに来てくれていました。確か私が小学生の頃だったと思いますが、お願いしたわけではないのに「(お父様の船が)見えないでしょう」と言ってヒョイと抱え上げてくれたんです。

それに、うちには双葉山直筆の行司の軍配がありました。軍配の片方には「正明さんへ」(正泰氏の兄)、もう片方には「正泰さんへ」と書かれていて安岡家の宝とすべきものなのですが、誰がどうしたのか、いくら探しても見つかりません。見つかれば、テレビのお宝番組か何かに取り上げてもらえるんでしょうけれども(笑)。

荒井 ご家族ならではの逸話ですね。

安岡 『致知』と私とのご縁といえば、昭和59年2月号で「追悼・安岡正篤」という特集を組んでいただいてからです。私が日本通運の広報部にいた頃で、かれこれ30年以上が経つわけですが、致知出版社からはこれまでに30冊の父の本を発刊いただき、藤尾秀昭社長とは素行の友としてのお付き合いを続けさせていただいているわけですから、父がよく口にしていました「縁尋機妙えんじんきみょう 多逢聖因たほうしょういん」(よい縁がさらによい縁を尋ねて発展してゆく様は、誠に妙なるものがある。いい人に交わっていると、よい結果に恵まれる)の思いを禁じ得ません。

公益財団法人郷学研修所・安岡正篤記念館副理事長兼所長

荒井 桂

あらい・かつら

昭和10年埼玉県生まれ。東京教育大学文学部卒業(東洋史学専攻)。以来40年間、埼玉県で高校教育、教育行政に従事。平成5年から10年まで埼玉県教育長。在任中、国の教育課程審議会委員並びに経済審議会特別委員等を歴任。16年6月以来現職。安岡教学を次世代に伝える活動に従事。著書に『山鹿素行「中朝事実」を読む』『「小學」を読む』『安岡正篤「光明蔵」を読む』『大人のための「論語」入門(伊與田覺氏との共著)』(いずれも致知出版社)など。