2021年11月号
特集
努力にまさる天才なし
対談
  • (左)WBA世界ミドル級スーパー王者村田諒太
  • (右)AthReebo社長金沢景敏

世界の頂点に立つ
条件

ロンドン五輪ボクシング・ミドル級で日本人初となる金メダルを獲得し、現在WBA世界ミドル級スーパー王者に君臨する村田諒太氏、35歳。プルデンシャル生命保険で前人未踏の業績を上げ、世界の生保営業パーソンの上位0.01%に到達した金沢景敏氏、42歳。二人はいかにして挫折経験を乗り越え、それぞれの分野で世界の頂点に立ったのか。その努力の歩みを振り返ると共に、自己との向き合い方、一流プロの心構え、道を切り開くために必要なこと、結果を出す人と出せない人の差に迫った。

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弱さを認めることが本当の強さ

村田 こんにちは!

金沢 よろしくお願いします! 村田君のスーツ姿、初めて見ましたよ(笑)。

村田 最近はオンライン講演会とかで結構着ていますよ。同じものばっかりですけど(笑)。

金沢 5月のタイトルマッチ延期は残念でしたね。ただ、その時にもらったメールは感動しました。

村田 何でしたっけ?

金沢 引き潮の話です。

村田 ああ、あれは金沢さんが引き合わせてくれたライフセーバーの飯沼誠司さんがおっしゃっていた話を使わせてもらったんです。引き潮の時に、波にあらがって一所懸命陸に行こうとする人はおぼれてしまう。引き潮の時は流れに身を任せて横によけるんだと。
いま世の中はものすごく引き潮じゃないですか。僕もコロナで2020年からタイトルマッチが5回も延期になりました。その中でがむしゃらに頑張るっていうのも一つかもしれないけど、自然の法則に学ぶことが我われの歩むべき道ではないかと思っています。だから、「引き潮の波に抗わずに、流れに身を任せながら、呼吸はちゃんとして、いざという時に陸に向かって泳げるように準備します」というようなことを書いたんです。

金沢 それを延期になった直後に言えることが素晴らしいですよ。試合の日に向けて体を鍛えて減量して、メンタルもつくって、相当な準備を重ねて……5回もその場に立てなかったわけですから。

村田 言うのは簡単なんです(笑)。そう自分に言い聞かせておかないと心が折れそうになるところがありますね。
最近思うのは、人間には誰しも弱いところがあって、その弱い自分を認めるのも大事だなということです。金沢さんみたいに年間売り上げナンバーワンを何度も達成されている人とか、僕みたいに金メダルや世界チャンピオンをつかむ人って、はがねのような強いメンタルを持っていて、何があっても動じないと思われているかもしれないですけど、そうじゃなくて、むしろものすごく弱い。
弱くて踏ん張れないから流される。そこで抗って溺れてしまわず、流れに身を任せられるからこそ辿たどり着けるというか、流れが去るのを待って力を発揮できる。そういう感覚があります。弱さが強さであって、弱さを認めたほうが本当は強いんです。

金沢 まったくその通りだと思います。実際僕も、自分が弱いって認めて受け入れてから変わりました。

村田 著書の『超★営業思考』にも書かれていましたね。

金沢 僕は学生時代、『致知』にも登場された水野彌一やいち監督の率いる京都大学アメリカンフットボール部に所属していました。その4年間で日本一になれなかったのは、日本一を本気で目指していない自分がいたからなんです。勝ちたいと口では言いながら、心のどこかで立命館に勝てないと思っている。早く引退したい、引退しても京大アメフト部という肩書があれば生きていけるって。実際、TBSに入ったら、「京大アメフト部すごい」と言ってもらえました。
いくらでも取りつくろうことはできますけど、やっぱり自分にはうそをつけないんですよね。やり切っていない自分と向き合って受け入れた時に、ものすごく格好悪いなと思ったんです。そこから「おまえはどうなりたいんだ?」「日本一になりたい」「また逃げて後悔するのか?」「逃げたくない」、こういう問いかけを自分にするようになりました。
日本一から逃げたことを自分で認めて、弱い自分を克服しようと、言い訳の通用しない固定給なしのフルコミッション(完全歩合ぶあい制)の世界に飛び込んだんです。

村田 自問自答する時間を持つことって大事ですよね。

金沢 村田君も試合直前に「自分会議」をしていると聞きました。

村田 鏡の前で自分の顔をじっと見て話しかけるんです。金メダルを獲得したロンドン五輪の時は、選手村でたびたび鏡の中の自分に問いかけていました。「怖いか?」「怖くない」「逃げるのか?」「逃げない」って。いまでも追い込まれるとやりますよ。

WBA世界ミドル級スーパー王者

村田諒太

むらた・りょうた

1986年奈良県生まれ。中学1年でボクシングを始め、南京都高校(現・京都廣学館高校)時代に高校5冠を達成。2004年東洋大学に進学し、1年次に全日本選手権優勝。しかし北京五輪出場を逃し、現役引退。2008年より5年間、東洋大学の職員兼ボクシング部コーチとして勤務。2009年現役復帰し、全日本選手権3連覇を果たす。2012年ロンドン五輪ボクシング・ミドル級で日本人初の金メダルを獲得。同年、紫綬褒章受章。2013年プロに転向。2017年WBA世界ミドル級タイトルマッチに勝利し、世界王者に。翌年1度防衛した後、王座陥落するも、2019年王座奪還。プロ戦績は16勝2敗。著書に『101%のプライド』(幻冬舎)。

試合ができない自分と向き合う時間

村田 いま僕はコロナ禍で1年半以上試合ができない自分と向き合っているんですね。もしかしたらこのままできないかもしれない。そうなった時、俺はどうやって生きていくんだろうと。チャンピオンベルトにすがれない状況の中で、「おまえの魅力は何?」「いつまでもボクシングやっているわけじゃないよね?」「これからどうするの?」ということを、まざまざと問いかけられているような気がしています。
コロナに感染してお亡くなりになった方とか、飲食店をはじめ会社経営が傾いている方もいらっしゃるので、決してコロナ禍がいいとは言えませんけど、ボクシングができない自分と向き合っているこの時間を、そんなにネガティブには捉えていません。

金沢 ある程度、ビジョンは描けているんですか?

村田 全然、描けていない。描けていないんですけど、その準備をする上で必要なものは、どれだけ稼げるかとかじゃなくて、結局は心だと思います。
プロに転向した時は、はっきり言って汚い欲にまみれていました。「金持ちが天国に入るのは、駱駝らくだが針の穴を通るより難しい」という言葉があるように、人間は一つ手にすると、それを失うことへの恐怖や、もっと手にしたいという欲が増えるんですよね。金メダリストになったことによって、もっと稼ぎたい、もっと注目されたい。あるいは、オリンピック熱が冷めるとメディアは使い捨てのように自分のもとを離れていく、それを受け入れられない。そういう汚い気持ちのままプロになったんじゃないかなぁ。
でも、これからは金銭とか名声じゃなくて、生きがい・やりがいとか人のためにとか、そういうものをベースに生きていきたいと思っています。「じゃあおまえ、そんな偉そうに熱く語っているけど、何か見つけたん?」と聞かれたら「ごめんなさい」って(笑)。

金沢 いまの話を伺ってもそうですけど、初めて村田君にお会いした時からずっと感じているのは、どんな時も飾らずに素を出せる男だなと。建前とか綺麗事きれいごと抜きに、本音で生きているなと感じます。その村田君のひと言にハッと気づかされることがよくあるんですよ。自分にない着眼点を持っている。

村田 いやいや、そんなことないと思いますけど……。
『聖書』の中に放蕩ほうとう息子の話が出てきますよね。あるお金持ちの家に二人の子供がいて、父親は子供たちに財産を平等に分ける。でも弟は酒を飲んだり女遊びをして財産を使い果たし、家畜のえさを食べるような生活を余儀なくされる。で、使用人でもいいから家に入れてもらおうと思って、父親のところに謝って帰ってくるんです。
その時、父親は息子を抱き締めて迎え入れ、盛大な祝宴をもよおす。これに対して、真面目に働いている兄は、「なんであんなことをするんだ。僕にはこんな宴会を開いてくれたことがない」と文句を言う。
この話には、どんな放蕩息子でも神様は大きな愛で許してくれるというのが一つの教訓として込められています。もう一つは兄のストーリーで、「自分はここまでやっているからこれだけ評価されるべきだ」という思い上がりや嫉妬しっと、そういう人間のみにくい部分を描いていると聞いたことがあって、なるほどなって思いました。

金沢 たぶん自分の弱さを認めるっていうのと近いんでしょうね。完璧じゃないからこそもっと頑張れるし、人間にはそういう弱さや醜さがあって当然です。そこを取り繕ったり、見て見ぬふりをしたりするんじゃなくて、認めるっていうのが大事ですよね。

AthReebo社長

金沢景敏

かなざわ・あきとし

1979年大阪府生まれ。2005年京都大学工学部卒業後、TBS入社。2012年プルデンシャル生命保険に転職。1年目にして同社の国内営業社員約3200人中1位(個人保険部門)に輝く。3年目には、卓越した生命保険・金融プロフェッショナル組織として知られるMDRT(Million Dollar Round Table)の6倍の基準であるTOT(Top of the Table)に到達。最終的にはTOT基準の4倍の成績を上げ、個人の営業マンとして伝説的な数字をつくった。2020年10月同社を退職すると、人生トータルでアスリートの生涯価値を最大化し、新たな価値と収益を創出するAthReeboを起業、代表取締役に就任。著書に『超★営業思考』(ダイヤモンド社)。