2025年6月号
特集
読書立国
対談
  • お茶の水女子大学名誉教授内田伸子
  • 東北大学加齢医学研究所教授川島隆太

AI時代に負けない
生きる力を育む
子育て

スマートフォンやタブレットなどデジタル端末の急速な普及は、私たちの生活を便利にする一方、人と人、親と子の繋がりの希薄化や学力低下、読書離れなど様々な問題の要因になっていることが指摘されている。発達心理学と脳科学――。それぞれの専門分野から日本の教育のあり方に鋭い分析と提言を行っている内田伸子氏と川島隆太氏に、AI時代に負けない子育て、日本のよりよい未来を実現する要諦を語り合っていただいた。

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GIGAスクール構想がもたらしたもの

内田 川島先生、きょうはとても楽しみにしていました。初めてお目にかかったのはいつ頃でしたでしょう? もう随分前でしたね。

川島 20年ほど前だったと思います。確か政府の審議会で……。

内田 そう、文部科学省の審議会で何度かご一緒させていただいた。

川島 あと、物理学者・脳科学者の小泉英明先生が2004年に立ち上げた脳科学と教育に関するプロジェクトでも一緒でしたね。

内田 当時から川島先生とは主張が同じでしたので、これまで先生が書かれたものは、できる限り読ませていただいてきました。
きょうもほら、川島先生が出ている週刊誌の記事を持ってきました。記事の中でおっしゃっている、スマートフォンやタブレットの利用が子供たちの脳の発達や学力に与える悪影響については、本当にその通りですよ。
最近こんな経験をしました。近所の公園を通りかかった時に、1歳くらいの赤ちゃんをバギーに乗せたお母さんがいたのですが、スマホの操作に夢中になっているんです。そして、赤ちゃんはバギーに設置されたiPadでYouTubeの動画か何かをじーっと見ているわけですね。
母子がそれぞれ閉じたデジタル空間にいて、会話や関わりは一切ない。初春の日差しいっぱいのよい天気でしたけれども、母子の周りにだけ氷のような無機的な空気が漂っていて、異様な光景でした。さらに驚いたのは、用事を済ませて40分後に同じ公園を通ったら、まだ同じ状況だったことです。

川島 そのような光景は私もよく目にします。残念でなりません。

内田 せっかく我が子と触れ合える掛け替えのない時間が、こんなふうに過ぎていっていいのかしらと思います。また、子供が泣き始めるとぱっとスマホを見せる親もいますが、要するに、スマホを子守り代わりに使っているんですね。本当にあきれてしまいます。後ほど詳しく触れますが、これでは子供が育つはずがありません。

川島 スマホやタブレットの利用に関して、私が特に懸念しているのは、2019年に文部科学省が掲げた「GIGAギガスクール構想」です。これにより、小学1年生から中学3年生まで1人に1台のデジタル端末が貸与され、家庭学習のために端末を自宅に持ち帰らせるという動きも出てきました。
GIGAスクール構想が問題なのは、そもそも何のためにデジタルを教育に入れるのか、子供たちにどのようなベネフィットがあるのか、明確な目的や検証がないままにスタートし、進められてきたことですよ。私たち研究者は、文献などを調査して仮説を立て、事前にエビデンスをとり、倫理面も考慮しながら、目的に照らした有効性が確認できてようやく研究成果を世の中に広げていきます。
ところが、GIGAスクール構想では、「きょうからデジタル端末を入れましょう」と、全国の学校に号令がかかって推進されてきました。我われ研究者の世界からすれば、あり得ないことです。

内田 おっしゃる通りですね。

川島 実際、私たちの調査では、デジタル端末を家に持ち帰って勉強する時間が長い子供ほど成績が下がっているんです。驚いたのは、端末で何時間も真面目まじめに勉強している子供たちの平均偏差値は、家でほとんど勉強しない子供たちのそれよりも低かったことです。最近、文部科学省がGIGAスクール構想で子供たちに何が起こったか、検証結果を公表しましたが、学力に関してポジティブな影響はなかったと結論づけています。
ですから、少なくとも子供たちの学力を上げる目的で導入したのであれば、GIGAスクール構想は明らかに失敗だと言えます。
実際、デジタル教育の先進国だといわれた北欧では、紙の教科書の使用や紙のノートへの記入など、アナログ教育に戻り始めています。

内田 私もデジタル端末の使用が子供たちに与える影響について、様々な研究・検証に触れてきました。確かにいずれも学力面ではネガティブだと結論づけています。
デジタル端末がなぜ学力を低下させるかといえば、インターネットで検索すれば簡単に答えが得られますから、本を読んだり調べたりする機会が少なくなって、自分で行間を読む力、自分の頭で深く考える力が身につかないからですね。要するにデジタル端末に頼ることで、何でも深く考えずに手っ取り早く答えを見つけようとする姿勢が養われてしまうんです。
しかし、子供たちにネガティブな影響が大きいのに、どうしてこんなに拙速にデジタル端末を教育に入れたんでしょうか……?

川島 私も知りたいところです。ただ、GIGAスクール構想を含め、デジタル端末の普及で誰が一番得をしているのだろうと考えると、どうもアメリカのGAFAMガーファムを中心とした巨大IT企業ではないかと……。企業の利益のために、子供たちの未来を奪うようなことは決して許してはなりません。

お茶の水女子大学名誉教授

内田伸子

うちだ・のぶこ

昭和21年群馬県生まれ。お茶の水女子大学文教育学部卒業。同大大学院人文科学研究科修士課程修了(学術博士)。同大文教育学部講師、助教授を経て同大大学院人間文化研究科教授、文教育学部長、理事・副学長。専門は発達心理学、言語心理学など。ベネッセ「こどもちゃれんじ」監修やNHK「おかあさんといっしょ」番組開発も務める。23年より現職。令和3年文化功労者。5年瑞宝重光章を受章。著書に『AIに負けない子育て-ことばは子どもの未来を拓く』(ジアース教育新社)『頭のいい子が育つあいうえおんどく』(新星出版社)他多数。

脳科学が明らかにしたデジタル端末の弊害

川島 デジタル端末が子供たちに与える影響について、脳科学の視点からもう少し詳しくご紹介したいと思います。
これは7年ほど前に論文で発表したことですが、スマホなどでインターネットを利用する時間が長い子供ほど、利用頻度が低い子供に比べて、脳の発達が阻害されるというデータがれいに出たんです。言葉をつかさど前頭ぜんとうよう側頭葉そくとうようの発達が右脳も左脳も止まり、白質という情報伝達の役割を果たす部分も、大脳全体にわたって発達が止まっていました。
東北大学の学生の中にも依存症のようにずーっとスマホをいじっている人たちがいますが、彼ら彼女らの脳を調べると、明らかな白質の変化が見られました。つまり、若くして脳の老化が始まっているということです。さらに、心理学の専門家に調査に入ってもらったところ、スマホに触れる時間が長い学生は、自尊心、自己肯定感や共感性が低かったり、感情の抑制ができなかったり、神経症状が出ていることも分かりました。

内田 本当に恐ろしいことです。

川島 デジタル端末に長く触れることでなぜ脳がそうなるのか、はっきりした原因はまだ明らかになってはいませんが、研究所の若手研究者が遺伝子に注目していましてね。
どうやらデジタル端末の長期間の操作が特定の遺伝子に何らかの影響を与えて、脳の発達を抑制する要因になっているのではないかということが、うっすらとですが分かってきたところです。

内田 ああ、遺伝子にまで……。

川島 いずれにせよ、デジタル端末を操作することで、気づかないうちに脳が大きなダメージを受けているのは間違いありません。

内田 いまのお話に関してご紹介したいのが、アメリカのペンシルべニア州で行われ、2007年に小児医学雑誌に発表された大規模調査の結果です。同地域に満期出産で誕生した1,800名の健康な赤ちゃんを6年間追跡調査したところ、約300名に言語や認知機能の明らかな遅れが見られました。
いったい何があったのか、それまでの生活を調べてみると、その子供たちは生後6か月以降、1歳まで早期教育のビデオ教材を1日1時間以上、見せられていたことが分かりました。生後6か月頃の赤ちゃんはほとんど寝ていますから、起きている時間は、ずっと光と音の騒がしい映像の中に生活していたということになります。
それでファンクショナルMRIで子供たちの脳を分析すると、言語を理解する脳のウェルニッケのネットワークがつくられていなかった。これでは人の声が雑音のようにしか聞こえなくなります。また、落ち着きがないなどの行動特性も見られました。幼児期に映像を見せっぱなしにしていたことで、特別なサポートが必要な子にさせられてしまったわけです。

川島 その事実はもっと多くの親御さんに知ってもらいたいですね。
あと、デジタル端末を長時間利用している人は、集中力が短くなるというデータも出ています。例えばある大手IT企業は、社内調査でデジタル端末、SNSを利用している人の2割が集中力を10秒しか持続できなくなっていると発表しました。そういう人は物事を深く考えることも、本をじっくり読むこともできないでしょう。

内田 これも大変なことですよ。

川島 そもそも多くの人が利用しているSNSは、一つのことに集中力を持続させるようにつくられていません。お勧めの動画や関連する広告を次から次に表示することで、できる限り注意力を分散させ、たくさんのコンテンツを見てもらえるようにうまくつくり込まれているんです。内田先生が公園で見たお母さんが、我が子との掛け替えのない時間をスマホに吸い上げられてしまったのも、SNSなどに中毒性がある証左です。
また最近、人々の考えや主張が右か左かどちらか一方に極端に偏り、非常に分断されやすい社会になっていると感じます。インターネット上で触れた真偽不明な情報を信じ込み、それ以外の意見を受け入れることができなくなっている人が増えている。これもスマホやタブレットの過度な利用により考える力を失った〝デジタル脳〟によって引き起こされているのではないかと私は考えています。

東北大学加齢医学研究所教授

川島隆太

かわしま・りゅうた

昭和34年千葉県生まれ。東北大学医学部卒業。同大学院医学系研究科修了(医学博士)。同大学加齢医学研究所教授。専門は脳機能イメージング学。著書に『読書がたくましい脳をつくる』(くもん出版)『スマホが学力を破壊する』(集英社)『脳を鍛える!人生は65歳からが面白い』(扶桑社新書)など多数。共著に『素読のすすめ』(致知出版社)などがある。