2018年11月号
特集
自己を丹誠する
対談
  • (左)サグラダ・ファミリア芸術工房監督外尾悦郎
  • (右)東京大学宇宙線研究所所長梶田隆章

一念が道をつくる

世界を代表する芸術家の一人に数えられる外尾悦郎氏。スペイン・バルセロナにあるサグラダ・ファミリア教会、着工から136年経ったいまなお建設が続く大事業に40年間携わっている。2015年にノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章氏。「ニュートリノ振動」の現象を捉え、ニュートリノに質量があることを世界で初めて証明し、素粒子物理学の進歩に多大な貢献をもたらした。片や彫刻、片や研究に人生を懸け、一つの道をつくってきたお二人が語り合う、体験を通して掴んだ人生の心得とはいかなるものか。

この記事は約26分でお読みいただけます

子供のような好奇心と素直さ

外尾 梶田かじたさんと初めてお会いしたのは、昨年4月5日に開かれた宮中晩餐会きゅうちゅうばんさんかいでしたね。

梶田 そうですね。私はああいう会に出席するのは初めてだったものですから、見るもの聴くもの、すべてが新鮮でした。

外尾 私も初めてです。もう感動の連続で、まずいただいたお食事が美味おいしい。何が美味しかったかというと、素材や味はもちろん、体の細胞が喜んでいるような美味しさ。これは初めての経験でした。
また、天皇皇后両陛下にはバルセロナで二度お目にかかっていますが、今回もあの優しいお人柄に触れることができ、本当に心に沁み入る最高の時間でした。
たくさんのお歴々れきれきがおられて、そこでは男性がご婦人に話題を投げかけて楽しく会話を進めるというルールだったんですけれども、私は隣におられるご婦人とお話しするより、向かいにおられる梶田さんにどうしても目が行ってしまいましてね(笑)。その方には大変申し訳なかったんですが、とても興味深く話を聴いておられるのが分かりました。ですから、本当に素晴らしい出会いをつくっていただいたなと。
あの時に、梶田さんは人と話をするのが苦手なのかなと少し感じたんです。というのも、私も人と話してるより石と話してるほうがずっと楽なもんですから。

梶田 いや、実はそうなんですよ。人と話をするのが苦手で学者になった、という面がないとは決して言えない。それこそ星と話をするほうがいいというか(笑)。

外尾 それでも私はたたみ掛けるようにいろんな質問をしましたよね。

梶田 はい。

外尾 「宇宙はここ一つだけですか?」とお尋ねしたら、はっきりと「幾つもあると思います」と。

梶田 いまは「あると思います」としか言えませんけど。

外尾 その時に、普通の科学者であれば、「いろんな意見があります」とか上手にかわすんでしょうけど、「あると思います」と。ノーベル賞を受賞された方が無知蒙昧むちもうまいな私の質問に素直に答えてくださった。そこにとても感動して、私は梶田さんを好きになったんです(笑)。

梶田 ありがとうございます(笑)。

外尾 知ってるから偉いんじゃなくて、偉いのは子供のように素直に何かを一所懸命探そうとしていること。その姿勢を長年続けられれば、いろんな知識も入ってくる。
 梶田さんはそういう素直の種をいつも持っておられる方だなと思いました。

梶田 恐縮です。でも本当にその通りで、やっぱり科学者としてやっていくためには、常に子供のような好奇心や素直さを持っていなきゃいけないですし、それを忘れたら絶対にダメですよね。

外尾 そこなんですよ。ガウディもそう言ってるんですね。「子供心を忘れるな」って。
この言葉は、子供のように好き勝手なことをすればいいというのではありません。考えてみると、子供って大人の誰にも負けない、すごい集中力、観察力を持っているじゃないですか。

梶田 おっしゃる通りですね。

外尾 その集中力、観察力を持ち続けたから、ガウディは天才建築家になり得た。その力はどこから来るのかって言うと、やっぱり道を求める心。それをずっと忘れないことじゃないかと思います。

東京大学宇宙線研究所所長

梶田隆章

かじた・たかあき

1959年埼玉県生まれ。1981年埼玉大学理学部卒業。1986年東京大学大学院博士課程修了。超新星ニュートリノを史上初めて観測した「カミオカンデ実験」、質量ゼロと考えられてきたニュートリノに質量があることを明らかにした「スーパーカミオカンデ実験」に参加。1999年仁科記念賞、2010年戸塚洋二賞、2012年日本学士院賞受賞。2015年文化勲章受章。同年「ニュートリノ振動の発見」により、アーサー・B・マクドナルドと共に、ノーベル物理学賞受賞。2008年より現職。著書に『ニュートリノで探る宇宙と素粒子』(平凡社)『ニュートリノ 小さな大発見』(朝日選書)など。

40年続けることができた理由

梶田 私は宮中晩餐会でお会いするまで、大変失礼ながら外尾そとおさんの名前を存じ上げませんでした。

外尾 当然のことです。

梶田 ただ、サグラダ・ファミリアの彫刻を手掛けている日本人の方がいるということは、テレビで見て知っていたんです。ですからお会いした時には、向こうで長く仕事をされていて、普通の人とは違う雰囲気を感じました。
サグラダ・ファミリアの彫刻に携わるようになって、もう何年になりますか?

外尾 ちょうど40年です。長いのか短いのか分かりませんけど、200人いるスタッフの中で一番の古株になってしまいました。

梶田 そうすると、やっぱり一番偉い立場になるんですか?

外尾 いや、ならないです。古株っていうのはだいたいうるさがられるんですよ。ましてや、私のような外人部隊は一番危ないところへ送り込まれて、真っ先に死んでも誰も悲しまないという立場ですから。

梶田 最も過酷な厳しい仕事を受けて立つと。

外尾 私は40年の間に、6人の会長と5人の建築家と4人の枢機卿すうききょうを見てきたんですけど、その人その人に合わせていくと大変なんですよ。むしろ適度に反発していかないといけない。

梶田 と言いますと?
サグラダ・ファミリアとは
正式名称はサグラダ・ファミリア贖罪教会。聖母マリアの夫ヨセフを信仰する教会として1882年に着工。翌83年、前任者が辞任したことによりガウディが引き継ぐこととなり、没後その遺志は弟子たちに委ねられた。設計図が残っていないため、ガウディの建築思想を想像する形で建設は進められている。完成すれば170メートルを超す「イエスの塔」など18の塔と3つの門を持つが、完成するのは数10年後とも数百年後ともいわれる。なお、建設資金は信者からの寄付と入場料によって賄われている。
外尾 反発し過ぎると辞めさせられちゃう。でも、その人に迎合げいごうしていくと、次の代の人は必ず前任者の息のかかった人を排除します。政治の粛清しゅくせいと一緒ですね。
だから、私は主任建築家とかがこうしろと言ったことをその通りにしたことは一度もないんです。「はい」と言っておきながらまったく違うものをやる。例えば、「ハープを奏でる天使像」をつくった時に、3人のガウディの弟子の方がどなたもハープにげんをつけるようにとおっしゃった。私はそれに反対だったんですが、一応つけたんです。でも、いつかこれは取ってやろうと思っていたら、チャンスはすぐに来まして、別の天使を彫ってる時に足場を延ばして弦を全部切っちゃったんですね。
で、それを見た3人の建築家たちからはおとがめなし。外尾は仕方ないなと(笑)。そういうふうに自分の思いをずっと通してきたので、いまに至れたんじゃないかなと思います。

梶田 いやぁ、すごい話です。

外尾 そうしないとやってこられなかったんですよ。ただ、いまの話とも関連しますが、芸術の世界で特に悲しいのは、前の人がこうやったから違うものを出すと新しいと思われる。それに振り回されてることです。
つまり、振り子が右に行ったり左に行ったりしている。それを世間の人々がジーッと見て、面白いなと言ってるだけじゃつまらないと思うんです。その振り子がぶら下がっている軸を見つめないと、本質は見えないわけですね。
科学は積み上げ方式で発展してきているから、そんなことないと思うんですけど、どうですか?

梶田 振り子はありますよ。科学でも流行はやりの研究っていうのは存在しますから。もちろん科学の場合は、科学的な根拠や仮説に基づいて研究をしていくんですけど、間違ってる場合もある。

外尾 こんなことを言っちゃいけないかもしれませんが、科学って幸いにも、間違いがあって初めて進歩してるような気がするんです。

梶田 そうです。結局、科学というのは、あるところまで正しいと思われる考え方を出すんだけど、やっぱりそれには限界がある。で、その先を見ようと思うと、何かしら間違いというか原因を見つけて、そこを越えていく、解決していくことが絶対に必要です。

外尾 科学と芸術は違うものだと思われてる風潮がありますけど、全く同じですね。誰も知らない真実を見つけ出す。そして、本来ある姿を人々にお見せする。これが我われの仕事じゃないかな。

梶田 真実に向かっていく人間の営みという意味では一緒ですね。

サグラダ・ファミリア芸術工房監督

外尾悦郎

そとお・えつろう

1953年福岡県生まれ。1977年京都市立芸術大学彫刻科卒業。中学校・高校の定時制非常勤講師として勤務した後、バルセロナへ。1978年以来、サグラダ・ファミリア教会の彫刻に携わり、2000年に完成させた「生誕の門」が世界遺産に登録される。日本とスペインとの文化交流の促進の功績により、平成20年度外務大臣表彰、2012年ミケランジェロ賞など、国内外で受賞多数。2013年より現職。著書に『ガウディの伝言』(光文社)『サグラダ・ファミリア ガウディとの対話』(原書房)など。サン・ジョルディ・カタルーニャ芸術院会員。