2026年3月号
特集
是の処即ち
是れ道場
インタビュー②
  • 脳性麻痺ライター東谷 瞳

困難を受け入れ、
人生を輝かせる

生まれつき脳性麻痺を患い、手足と言語に障がいを抱える東谷瞳氏。様々な制約の下、普通学校への進学、就職、子育て、作家業など、挑戦を続けてきた。障がいという逆境に行く手を阻まれながらも、生きる道を求め続けたその歩みに、自らを磨くヒントを探る。

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    脳性麻痺ライター

    東谷 瞳

    ひがしたに・ひとみ

    昭和60年三重県生まれ。平成19年三重大学教育学部教員養成課程障害児教育コースを卒業、三重県庁に就職。令和7年退職。現在は小説の執筆や講演、市民活動団体「Flower」の運営などに当たる。著書に『あきらめが生む輝き』がある。

    仮死状態で生まれて

    ──先日、東谷さんから弊社宛てにいただいたメールの内容に感動しました。

    2025年に18年勤めた三重県庁を退職したのですが、在職中は『致知』の言葉に何度も力をもらいました。その御礼のつもりで感謝のメッセージをつづったところ、思いがけず今回の取材につながり、とてもびっくりしています。

    ──ご自身の障がいのことも書かれていましたね。

    はい。私は生まれつき脳性を患っています。生まれる時にうまく呼吸ができず、いわゆる仮死産で生まれたんです。その後遺症で、手足と言語に障がいが残りました。
    右手は握ったままほとんど開かず、使うのは左手が中心です。歩行はとても時間がかかる上、足に大きな負担がかかるので、普段は車いす生活を送っています。言語も聞き取りづらいですが、初対面の相手に何とか聞き取っていただけるほどの会話は可能です。

    ──不自由をいられながらも、18年にわたってお仕事を続けられたことに驚嘆します。退職した現在はどのように過ごされているのですか。

    生まれ育った三重県で、母と小学5年生の娘と3人で暮らしています。夫とは離婚して、現在は養育費の援助を受けつつ、同居する母の全面的な協力のもと子育てを行っています。
    県庁を退職後は、2作目となる小説の執筆や講演、健常者と障がい者が交流するためのコミュニティ「Flowerフラワー」の運営のほか、趣味で車いすツインバスケットボールを行ったり、家族とゆっくり過ごす時間にてているんです。
    特に作家業は、言語に障がいを持つ私にとって、自分の思いをありのままに伝える大切な手段であり、生き方そのものだと捉えています。

    ──様々なことに挑戦されているのですね。

    あきらめる中で見つける喜び」をモットーにして生きてきました。障がいを抱えながらも、自分らしく楽しく生きていきたい。障がい者やそのご家族をはじめ多くの方に、困難があっても自分らしく生きる道を見つけることは必ずできると、伝えていきたいと思っています。