2024年12月号
特集
生き方のヒント
対談
  • お茶の水女子大学名誉教授内田伸子
  • 教育評論家佐藤亮子

0歳からの子育て

子育てにも法則がある

子育ては十人十色という。一方で自分の子育てに迷い、自信を失う親もいる。普遍の法則は本当にないのだろうか。NHK教育テレビの番組監修や通信教材の開発に携わってきた発達心理学者の内田伸子さん、絵本1万冊・童謡1万曲の教育で三男一女を東京大学理科三類へ進ませ注目を浴びる佐藤亮子さん──昨今の教育界に一石を投じる親交の深いお二人に、子育てのヒントを繙いていただく。

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自走する力を乳幼児期から育てる

佐藤 あぁ内田先生、お久しぶりです!

内田 お久しぶりです。

佐藤 1年ぶりですかね?

内田 そのくらいかしらね。
ついさっきまで、こども発達学科の教授を務めている岡山県のIPU・環太平洋大学の講義を自宅からオンラインでやっていたの。佐藤さんと対談があるから急いで飛び出してきたんですよ。

佐藤 先生と最初にお会いしたのは、もう7年くらい前になりますね。テレビ番組でピアニストの辻井伸行君のお母さんのいつ子さん、卓球の平野美宇選手のお母さんの真理子さん、レスリングの吉田沙保里選手のお母さんの幸代さん、そして私の4人で、母としての体験を語りました。コメンテーターの一人が内田先生でしたね。

内田 ええ。佐藤さんがお子さん全員を東京大学理科三類に入学させたと聞いて、感心しました。

佐藤 あの時は上の男の子3人だけでしたけど、長女も同じ学科を卒業して4人になりました(笑)。

内田 印象に残ったのはね、どのお母さんも、自分の子が成長していける環境をしっかりと準備されていたことです。中でも佐藤さんは、勉強でも子供たちに直近の目標ばかり追わせるのではなくて、将来どういう人生を送ってほしいか、自走できる人に育ってほしいかを考えて接していらした。

佐藤 私は、子育てを18年限定の尊い営みと思って没頭しました。18歳から先はもう自分の世界ができてくるだろうし、その先は元気に、好きな道を歩んでくれればいい。実際、手のかけようもないですしね。その代わり、18まではとにかく手をかけようと。

内田 立派ですよ。

佐藤 だから、うちの育て方を誰に何と言われようと、もう育っちゃったから仕方ないよねっていうスタンスなんです。でも、教育の専門家や学者さんから「学問的にはこうだ」って、親や子供を取り巻く現実をかえりみずに正論のようなものを振りかざされて、何だかなあ、と思うこともありました。
その点、内田先生は違いました。いま家庭はこうなっている、子供はこう育つものだから……って、子供を見る目が優しいんですよ。当然、子供を育てる母親にも優しい。お会いする度に「ああ、心地いいなあ」って思います。

内田 去年(2023年)、NewsPicksニューズピックスさんの討論番組で早期教育の是非について話し合った時も、佐藤さんは賛成派、私は反対派の代表で呼ばれていたのに、いつの間にか意見が合っちゃったものね(笑)。
早期教育がいいかどうかの議論は昔からありますけど、要は〝自走〟できる子供に育てることが大事なんです。自走というのは自分で物事を考え、判断し、自分の人生を選び取れる力があること。乳幼児期からその人間の根っこを育てていく大切さを、佐藤さんの体験は教えてくれています。

お茶の水女子大学名誉教授

内田伸子

うちだ・のぶこ

昭和21年群馬県生まれ。45年お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。平成2年同大文教育学部教授に着任。専門は発達心理学、言語心理学など。ベネッセ「こどもちゃれんじ」監修やNHK「おかあさんといっしょ」番組開発も務める。23年より現職。令和3年文化功労者。5年瑞宝重光章を受章。著書に『AIに負けない子育て―ことばは子どもの未来を拓く』(ジアース教育新社)他多数。

〝間違い〟だらけの早期教育

佐藤 先生は私が子供に絵本1万冊の読み聞かせ、童謡1万曲の歌い聴かせをしたとお話ししたら、すごくめてくださいましたね。

内田 はい。最近、子供の将来が心配で、赤ちゃんのうちから英語学習のCDを聞かせているご家庭も多いようです。でも実は、日本語やモンゴル語、韓国語といったウラル・アルタイ語系を母語にする人たちは、生まれながらに英語を理解することが難しいんです。
英語はインド・ヨーロッパ語系という別の分類になりますが、同じことを言うにも日本語とは語順から違う。動詞の格変化や時制、複数形のつくり方、特にaやtheのような冠詞の使い分けなんて、分かりにくいでしょう?

佐藤 感覚では理解しづらいです。

内田 母語の大事さを証明した研究があります。言語心理学者のカミンズは、日本からカナダのトロントに移住した日本人家族の子供80人の、英語の習得過程や学業成績を10年間追跡調査しました。
すると、幼児期に現地に渡った子、現地で生まれた子は、小さいうちは英語の発音や聞き分け(弁別能力)は現地の子供と変わりませんでした。しかし小学校に入ると算数以外、読み書き能力が求められる教科の学習についていけなくなるという傾向が見られました。
興味深いのは、その反対に一番早く現地人並みの英語読解力を身につけたのは12歳くらい、つまり小学校卒業前後で日本を離れた子供たちだったんです。英語読解力の水準に達するのに要した期間は、おおむね1年半でした。

佐藤 1年半。小学校レベルまで日本語をきちんと学んだ子のほうが、結局後から英語の読解能力もつきやすいってことですか。

内田 そうです。教育漢字1,026字の読み書きや自由研究のレポート書きなど、母語の土台を耕し、考える力を育てておくことが英語読解力の向上につながるのですね。

佐藤 なるほど。確かに、英語で日常会話ができたら素晴らしいことです。ただそれだけだと、お店で上手にハンバーガーを頼めても、本格的な英文学は全然読めない、浅い会話しかできない大人になりかねません。これでは人生つまらないですよね。
日本語の基礎がきちんと身につくには12年ほどかかります。だから私は、6年生まで英語学習は要らないとも感じています。

内田 日本語が身についた子は、日本語で論理的な説明を受ければ、英語を聞き分けるコツや発音は後から覚えることが可能です。

佐藤 問題はしゃべる内容ですよね。決して英語を学ぶことを否定したいわけではなく、どの言葉を母語として教えるかが大事。日本人に生まれたなら、日本語で土台をきちんとつくらないとその上に何も載りません。安易に他言語をもてあそぶべきではないと思いますね。

教育評論家

佐藤亮子

さとう・りょうこ

大分県生まれ。津田塾大学卒業後、大分県内の私立高校で英語教師を務める。結婚後は専業主婦として三男一女を育て、全員を東京大学理科三類に進学させる。その教育が注目を集め、現在は進学塾のアドバイザーを務めながら、子育てや受験をテーマに全国での講演やメディア出演を行う。著書は『子どもの脳がグングン育つ読み聞かせのすごい力』(致知出版社)他多数。