2016年8月号
特集
思いを伝承する
対談
  • 日本ポリグル会長小田兼利
  • マラリア・ノーモア・ジャパン専務理事水野達男

途上国のビジネスに
懸ける思い

日本人とは考え方も習慣も違う途上国の地で、環境ビジネスを成功させた人がいる。日本ポリグル会長の小田兼利氏が推し進める水事業は世界60か国に及び、220万人が透明な水を口にできるようになった。マラリア・ノーモア・ジャパン専務理事の水野達男氏もまた、住友化学時代から取り組む防虫蚊帳の普及などにより、年間100万人いたマラリアの死者を半減させた立役者の1人である。2人はビジネスをいかに軌道に乗せ、また私たちに何を伝えようとしているのか。

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日本政府も称賛する水の浄化ビジネス

水野 小田さんには以前一度、お目に掛かったことがあります。仕事への情熱というか、アフリカの地に綺麗な水を普及しようというエネルギッシュな姿勢にすっかり圧倒されました。

小田 いや、水野さんがやってこられているマラリア撲滅のための活動こそ私は素晴らしいと思う。お聞きしたところによると、10年前に世界で100万人いたマラリアによる死者が防虫蚊帳の普及などによっていま50万人にまで減っているというじゃないですか。あなたが住友化学の名をいかにアフリカに知らしめたか。その貢献はとても大きいものがありますよ。

水野 会社や組織として取り組んできたことですが、そう言っていただけるととても嬉しいです。

小田 それで、きょうはせっかくの機会だし、私の水の取り組みを知っていただこうと思って、一つ実験をご覧いただきたいんです。そのためにいくつかの道具を持ってきました。
このペットボトルに入っているのは大阪の万代池の水です。ご覧のように茶色く濁っている。これを大きなビーカーに移して、私が開発した水質浄化剤を入れます。その主成分は納豆のネバネバ成分のポリグルタミン酸です。それを棒でくるくるかき回します。すると、ほら……。

水野 ああ、すぐに汚れだけが固まって水と分離されていきますね。

小田 別のビーカーにハンカチを載せてこの水を注いで濾過すると、このように綺麗で透明な水だけが残ります。

水野 本当です。

小田 一定量の塩素が含まれていないと水道水としては認められませんが、飲んでも害はありません。アフリカの現地では、決して危険な化学物質を入れたわけではないと知ってもらうために、ゴクゴク飲んでみせるんです。

水野 皆さん驚かれるでしょうね。

小田 いつも飲んでいるコーヒー色の水が突然、魔法のように透明に変わるわけだから、そりゃあビックリですよ。私は行くところ行くところ、大きなバッグからビーカーを取り出して、説明しながらこの実験をやる。ま、フーテンの寅さんみたいなものです(笑)。
でも、こういう取り組みをコツコツ続けてきたおかげで、社員50名足らずの中小企業の会長にすぎない私が、少量販売を含めて現在60か国、220万人に綺麗な水を供給できるまでになりました。水の販売やインストラクターを務める現地のポリグルレディ(ボーイ)の数は約850名、関連業者や水売り人まで含めると6,000名を超えています。

水野 そういえば、小田さんの活動は政府も注目していて、昨年(2015年)の国連総会では安倍首相が一般討論演説で触れられていましたね。

小田 ええ。「女性が輝く社会」の実現に向けた日本の役割に関連して、バングラデシュのニルファさんというポリグルレディを紹介してくださいました。その上で「我が政府は、一人でも多くの、ニルファさんを生みたいと思います。ポリグルを作るのは、ごく小さな日本企業です。そんな会社や、団体が持ち込むアイデアを、実現する仕組みを充実させていきます」と述べてくださったんです。
それだけではありませんよ。インターネットを使った海外向け政府広報の番組でも当社の取り組みを紹介くださっています。「世界中の人々が安心して生水を飲めるようにする」「水事業を通じ世界から貧困をなくす」。その志を持ってさらに世界に貢献していきたいと思っているところです。

日本ポリグル会長

小田兼利

おだ・かねとし

昭和16年熊本県生まれ。39年大阪大学基礎工学部を卒業後、ダイキン工業に入社。47年に独立。平成14年日本ポリグルを創業。発展途上国に綺麗な生水を提供する同社の取り組みは、国内外から広く注目を集めている。

防虫蚊帳製造のため見知らぬアフリカの地へ

水野 困っている人たちを1人でも助けたいという思いは私も全く一緒です。現在、全世界では約2億人がマラリアに感染し、年間に50万人が亡くなっています。その約8割がアフリカの人たちで、多くが5歳以下の子供なんですね。私たちのマラリア・ノーモア・ジャパンはその制圧のために日々頑張っているんです。
具体的に申しますと、人類の歴史的な課題であるマラリアの悲惨さと対策の必要性を多くの日本人に知ってもらうこと。これが1つ目です。2つ目は開発途上国へのODA予算の継続や拡大を外務省などの政府機関に働きかけることです。
3つ目は診断機器や治療薬開発の支援。私自身、住友化学時代は製品開発・事業化の仕事をやっていたのですが、日本には新しい技術がまだ眠ったままになっているんですね。そして最後はやはり様々な現地での支援活動です。これは例えば、現地のNPOと協力して感染率の高い地域に重点的に蚊帳を配布するとか、インドネシアに顕微鏡を送って診断技術を向上させる、といったことです。

小田 化学メーカーである住友化学におられた水野さんが、どういういきさつでマラリアの撲滅に携わるようになられたのか、興味深いですね。

水野 私の場合、その動機は明確で、会社の任務です(笑)。住友化学としてはそれまでCSR(企業の社会的責任)として手掛けてきたマラリア対策の防虫蚊帳を、アフリカで合弁企業をつくるのを機に、収益事業に転換させたいという狙いがあったんですね。52歳の時でしたが、蚊帳をつくる工場をアフリカのタンザニアで立ち上げることになり、事業の責任者を命じられたんです。
だけど、それまでアフリカなんて行ったことはないし、マラリアのマの字も知らない。住友化学に入社する以前に22年間務めていた外資系企業時代も含めて、私がやってきたのは、もっぱら日本やアメリカ、中南米での農業関連の仕事ばかりでしたから。
私たちに課せられたのは、タンザニアの新工場だけで計1,000万張りを製造するという大きなミッションでした。

マラリア・ノーモア・ジャパン専務理事

水野達男

みずの・たつお

昭和30年生まれ。北海道大学農学部卒業。22年間の米外資系企業勤務を経て、平成11年住友化学に入社。農業製品のマーケティングを手掛けた後、タンザニアでマラリア予防蚊帳を製造・販売する事業の日本側リーダーに就任。24年から現職。著書に『人生の折り返し地点で、僕は少しだけ世界を変えたいと思った。』(英治出版)。