1995年、27歳の時に日本人男子として62年振りとなるウインブルドンベスト8に進出した松岡修造氏。氏の20代は怪我に苦しみ、失敗の連続だったというが、いかにして栄光を掴んだのか。30歳で現役を退くまでの挑戦と失敗の軌跡、そしてそこから学んだものについて赤裸々に語っていただいた。
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スポーツキャスター
松岡修造
まつおか・しゅうぞう
昭和42年東京都生まれ。10歳から本格的にテニスを始め、慶應義塾高等学校2年生の時にテニスの名門校である福岡県の柳川高等学校に編入。その後、単身アメリカへ渡り、61年プロに転向。怪我に苦しみながらも、平成4年6月にはシングルス世界ランキング46位(自己最高)に。7年にはウィンブルドンで日本人男子として62年ぶりとなるベスト8に進出。10年現役を卒業。現在はジュニアの育成とテニス界の発展のために力を尽くす一方、スポーツキャスターなど、メディアでも幅広く活躍している。著書に『「プレッシャー」が「よっしゃー」に変わる! 修造流・逆転の発想法』(PHP研究所)など多数。