2026年5月号
特集
人を育てる
一人称
  • 恵那市 佐藤一斎 言志四録普及特命大使窪田哲夫

『重職心得箇条』
に学ぶ
上に立つ者の心得

幕末の大儒・佐藤一斎は、門弟の数3,000人ともいわれ、新時代の国家建設を担う指導者たちにも多大な影響を与えたといわれている。その一斎がまとめた十七条からなるリーダーの要諦が、『重職心得箇条』である。同書を座右に変化する人生を切り開いてきた窪田哲夫氏が一斎から学んだもの、そしてこの令和の日本をも見据えて一斎が訴えかけているものとは。

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    (恵那市 佐藤一斎 言志四録普及特命大使)

    窪田哲夫

    窪田哲夫

    くぼた・てつお

    昭和21年新潟県生まれ。慶應義塾図書館に勤務し拓殖大学商学部を卒業。鉄道労働組合中央執行委員、新幹線地方本部委員長、国鉄改革を経て、ジェイアール東海エージェンシーマルチメディア室長、営業部長、マーケティング部長、常務取締役を歴任。現在ジョルダン非常勤監査役、富士社会教育センター幹事、岐阜県恵那市 佐藤一斎 言志四録 普及特命大使。

    佐藤一斎

    さとう・いっさい

    安永元(1772)年~安政6(1859)年。岩村藩家老の佐藤信由を父に江戸藩邸で生まれた。朱子学や陽明学に通じ幕府の学問所「昌平坂学問所」の儒官を務める。佐久間象山や横井小楠、渡辺崋山など多くの逸材を育てた。著書に『重職心得箇条』『言志四録』など。

    国内外のリーダーたちを魅了したその教え

    上に立つ者は、常に自らの姿勢を正しく鍛え、修養し、その姿勢を真っぐ貫かなければならない──旧国鉄で組合活動や組織改革にたずさわり、民営化後にグループ会社の役員を務めてきた私は、日々多くの部下と向き合う中で、このことを強く実感してきました。

    そんな私がふくちゅうの書として心に刻んできたのが、幕末の儒者・佐藤いっさいの『じゅうしょくこころじょう』です。世には数多あまたのリーダー論がありますが、上に立つ者の品格とうと行動指針の要諦ようていをここまで簡潔明瞭に示した点で、同書は他に類を見ないのではないでしょうか。

    少し前の話になりますが、小泉純一郎氏が首相時代、官僚とのあつれききゅうしていた外務大臣・田中眞紀子氏に推薦して話題になったのがこの『重職心得箇条』でした。小泉氏ばかりでなく、中曽根康弘氏や橋本龍太郎氏といった歴代首相をはじめ、政財界の多くのリーダーが上に立つ者の必読書としてこれをけんけんふくようしていました。住友生命中興の祖・新井正明氏は、せきがく・安岡正篤まさひろ師を招いて『重職心得箇条』の講話を受け、幹部職に就く人には和綴わとじの冊子にして渡し続けていたそうです。その時の講話録は、『佐藤一斎「重職心得箇条」を読む』と題して致知出版社より刊行されています。

    日本人として大変誇らしく思うのは、個人的に親交のあった台湾のとう総統も佐藤一斎の著作に学んでおられるむねを手紙に記してくださったことです。佐藤一斎の教えは、国境を越えて海外の要人にも感化を及ぼしていたのです。

    私がジェイアール東海エージェンシーという会社の常務を務めていた頃、仕事でつながりのあったある県の上層部で問題が起こり、自殺者まで出る騒ぎとなりました。対応に苦慮されていた幹部の方を見かねた私が、『重職心得箇条』について書いた原稿を添えて励ましの手紙をお送りしたところ、それを支えに試練を乗り越えてくださいました。

    縁とは誠に不思議なものです。その話が巡り巡って一斎の故郷・岐阜県の市長さんの耳にも届き、恵那市の観光大使を務めてほしいとのご依頼を賜ったのです。最初は会社の役員という立場もあり固辞しましたが、市長さんの熱心な説得に根負けし、『重職心得箇条』や同じ一斎の著作である『げんろく』を一人でも多くの方に学んでいただくきっかけになればと考え直し、「佐藤一斎 言志四録 普及特命大使」として、一斎にまつわるイベントが開催される度に現地へ足を運び、お話をしてきたのです。