2020年11月号
特集
根を養う
  • 元夜間中学教諭、「路地裏」主幹松崎運之助

人生の苦しみや悲しみが
人間の根を深くする

「命そのものが豊かで奥深い」。そう語るのが、夜間中学で30年以上教鞭を執ってきた松崎運之助先生である。戦後の動乱期を母子4人で貧しくも心豊かに育った松崎先生に、ご自身の歩みを振り返っていただきながら、その中で見つけられた〝命の輝き〟についてお話しいただいた。

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路地裏で見つけた小さな幸せ

表通りを一本奥に進むと生活感あふれる路地裏が広がります。そこに目を向けると、想像以上の世界が広がっていることに気がつくでしょう。隅に咲く一輪の花、他愛ない親子の会話、下校中の小学生たちのたわむれ。多忙な時には目にも留まらなかった日常の風景に豊かな宝が転がっています。

そもそも路地裏とは人が集まり自然発生した空間でした。路地裏で人々は行き交い、談笑し、遊びます。そこは物理的な役割以上に心の居場所でもあったのです。

近頃、都市開発により町から路地裏が姿を消し始め、人々も多忙で心の余裕を失ってしまったように感じています。そんな日々の中に、せめて一日だけでも心に路地裏をつくろう。路地裏にゆったりと流れる時間を取り戻し、人と人が支え合い、温かくつながっていた、あのなつかしい場所を再現しよう。そんな思いで1991年に「路地裏」活動をスタートしました。

集いや散歩、お花見、フェスティバルなど、不定期で開催を続けて、私の個人通信「路地裏通信」と共に2020年30年目を迎えます。「路地裏通信」は映画『学校』のご縁で、山田洋次ようじ監督にも初期の頃から読んでいただいております。

路地裏ってどんな活動? と聞かれるといつも説明に困ります。NPOでもなければサークルでもないので、会則も会員登録もありません。主宰者の私が「この指とまれ!」と声を掛け、都度集まってくれた約30名の方々と時間と空間、思いを共有します。皆が自分の言葉で思いを語り、ほっこり心温まる時を過ごす。物質的にいくら豊かな時代になっても、このひと時に勝る幸福はありません。

元夜間中学教諭、「路地裏」主幹

松崎運之助

まつざき・みちのすけ

昭和20年旧満州国生まれ。中学卒業後、造船所に就職。働きながら長崎市立高校(定時制)、明治大学第二文学部を卒業。48年夜間中学の教諭になり、平成18年定年退職。「路地裏」活動は3年から開始し、2020年設立30周年の節目を迎えた。山田洋次監督の映画『学校』のモデルであり製作協力者。著書に『学校』(晩聲社)『路地のあかり』(東京シューレ出版)『こころの散歩道』(高文研)など多数。