2026年2月号
特集
先達に学ぶ
わが人生の先達②
  • 明治大学文学部教授齋藤 孝

福澤諭吉
独立のすすめ

「一身独立して一国独立す」。明治維新から5年後に上梓され、当時の国民の10人に1人が読んだという名著『学問のすすめ』の言葉だ。10代から福澤諭吉に私淑し、著作に親しんできた齋藤孝氏は、同書を「独立のすすめ」と読む。維新より150年が過ぎ、いま一層の激変期を生きる日本人が、この先達から受け取るべきものは何か。
【写真=ⓒ国立国会図書館「近代日本人の肖像」】

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    明治大学文学部教授

    齋藤 孝

    さいとう・たかし

    昭和35年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程を経て、明治大学文学部教授。著書は『現代語訳 福翁自伝』『現代語訳 学問のすすめ』(いずれもちくま新書)、最新刊に『1日1ページ、不思議と元気が湧いてくる名文読み書き練習帳』(致知出版社)など多数。

    神輿は、皆が我一人立つ気概を持って初めて担げる

    ああ、この人は「独立」ということを本当に真剣に考えていたんだな……。10代の終わり、受験に失敗し浪人中だった私は、ちんせんするように読書に没頭していました。福澤諭吉の著作と出逢い、感銘を受けたのはこの頃です。

    大学入学後、現在まで諭吉を愛読してきて、感じることがあります。激動期を生きる日本人のロールモデルとして、いまこそ真剣に学ぶべき先達が諭吉だと。

    先達に学ぶことは、その人物の精神文化を伝承することだと私は考えています。先達にはそれぞれ学ぶべき点があり、それを一つに限らず幾つも学ぶことで、バランスの取れた伝承ができます。

    こと諭吉の場合は、3つの柱で見ていくとよいでしょう。1つは日本が独立するために指し示した方向性。2つ目は、彼が体現した人格、人としてのあり方。3つ目は、あの時代に、それらを明確に言語化できた日本語力です。

    代表的名著『学問のすすめ』と『ふくおう自伝』の両方で、諭吉は訴えています。「日本を一人でも背負って立つ気概を持て」と。祭りのお神輿みこしは、担ぎ手同士が「誰かが頑張ってくれる」と他力本願でいては持ち上がりません。「自分一人でも担ぐんだ」と皆が力を込めた時、担ぎ上げることができる。国も同じです。国民一人ひとりが依存心を捨て、独立の気概を持って初めて国の独立も成るのです。