2026年5月号
特集
人を育てる
対談
  • 東北大学加齢医学研究所教授川島隆太
  • 東京いずみ幼稚園園長小泉敏男

スマホの危機から
子供たちを救おう

近年、大きくクローズアップされてきた社会問題にスマホやタブレットなどデジタル端末の弊害がある。東北大学加齢医学研究所教授・川島隆太氏は脳科学の視点から社会に警鐘を鳴らしてきた。一方、東京いずみ幼稚園園長・小泉敏男氏は半世紀、幼児教育に携わる中でテレビやスマホが子供たちに与える影響をつぶさに目の当たりにしてきた。2人がスマホ依存から脱却する方法として提唱するのが、読み聞かせや読書の習慣化である。その実践を通して、スマホの危機から子供たちを守る具体的な方法が見えてくる。

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    東北大学加齢医学研究所教授

    川島隆太

    かわしま・りゅうた

    昭和34年千葉県生まれ。東北大学医学部卒業。同大学院医学系研究科修了(医学博士)。同大学加齢医学研究所教授。専門は脳機能イメージング学。著書に『読書がたくましい脳をつくる』(くもん出版)『スマホが学力を破壊する』(集英社)『脳を鍛える! 人生は65歳からが面白い』(扶桑社新書)など多数。齋藤孝氏との共著に『素読のすすめ』(致知出版社)などがある。

    東京いずみ幼稚園園長

    小泉敏男

    こいずみ・としお

    昭和27年東京都生まれ。立教大学在学中に小泉補習塾を運営、卒業後の51年父と共にいずみ幼稚園を創設。石井式漢字教育、ミュージックステップ音感教育など画期的なプログラムを早期に導入。平成7年より園長。16年第13回音楽教育振興賞を幼児教育界で初めて受賞する。近著に『最高の育て方事典』(講談社)『国語に強くなる音読ドリル』(小泉貴史氏と共同監修/致知出版社)がある。

    子供の目を見ない母親が増えてきた

    小泉 川島先生、初めまして。先生とお会いできることをとても楽しみにしていました。私自身、長年幼児教育などにたずさわる中で、スマホやタブレットなどのデジタル教材が脳に与える悪影響を懸念してきましたので、先生のご講演やご著書にはとても共感していたんです。ご著書は出される度に拝読していました。
    そこで対談の提案を差し上げたところ、快くお引き受けいただきとても嬉しく思っています。きょうは先生のお話にぜひ学ばせていただきたく思っています。

    川島 こちらこそ。小泉園長の幼稚園では音読を教育の柱の一つに位置づけられているそうですし、現場の生の話には僕も大変関心を持っています。

    小泉 それでは、最初に私のほうから現場で感じてきたことをお話しさせていただきますと、当園は今年(2026年)、創立50年の節目を迎えました。創立6年目辺りから石井いさお先生が提唱された石井式漢字教育に取り組んできたのですが、そのことによって子供たちに豊かな情感としんに学ぶ姿勢が身につき、その成長ぶりは保護者への信頼にもつながっていきました。
    石井先生から「知的しょうがいのある人でも本が読めます」と聞いて、ならば当園の子供たちも自由に本が読めるようになるのではないかと期待して導入したのですが、漢字仮名交じりの名文をすらすら音読できるようになって、結果は私たちの期待以上でしたね。
    ところが、40年ほど前くらいからでしょうか、漢字教育に力を入れているにもかかわらず、言葉の発育が遅い子、態度が落ち着かない子が出始めまして、お母さんに家庭での習慣を聞くと、「テレビをつけっぱなしにしています」と。つけっぱなしにしていたら子供たちは静かにはなっても、画面に釘づけになり、家族の会話も減って言葉の発育が遅れるのは当然なわけです。
    幼少期は美しい母国語を獲得するビッグチャンスです。その大切な時期にテレビをつけっぱなしにするのは弊害が大きいと思いましたから、保護者の皆さんにはことあるごとに注意を喚起してきたんです。

    川島 テレビのつけっぱなしは、確かにその頃から大きな社会問題になりましたね。

    小泉 その後、携帯電話やスマホが普及するようになって、いまから10年以上前、地方に出向いた時、「2歳の幼児が頻繁ひんぱんにスマホをいじるようになった」という新聞記事を目にして驚きましてね。実際、その頃から赤ちゃんを前向き抱っこしながら、まともに赤ちゃんと目を合わせずにスマホばかり見ている若い母親の姿をあちこちで見掛けるようになりました。これはまずいと思って「テレビとスマホには気をつけよう」と、さらに口うるさく注意を促すようになり、それを今日まで根気強く続けているところなんです。

    親子の愛着関係ができにくい時代

    小泉 大人たちがスマホに夢中になって、一番置いてきぼりを食らうのは誰か。子供たちですよ。そのうちに、子供が泣いているとお母さんがかばんからスマホを取り出し、それを見た子供がピタッと泣きやむという光景を園の行事などでも目にするようになりました。お母さんたちは皆、愛情100%なんです。スマホは確かに便利には違いありません。だとしても、こんな愛情表現では子供たちには何も心が伝わらないですよ。
    加えて、いまでは学校までがタブレット学習でしょう? 社会全体、一層抵抗感がなくなっちゃっていますよね。三つ子の魂百までと言いますが、このままいったらスマホが子供たちの一生を台無しにしてしまうのではないかという危機感を日に日に強く抱くようになったんです。
    ここはやはりお役所なり、しかるべき機関が世の中に発信し、危機感を強く訴えるべきではないかと思うのですが、川島先生、いかがですか。

    川島 まったく同感ですね。子供たちの問題行動の根幹がどこにあるのか、科学者としても関心があって調べているのですが、いまやゼロ歳児がタブレットをスワイプすることを普通にやる時代なんですね。それは学習してやっているというよりは、もしかしたら我々の遺伝子の中に、電子端末に興味を示す何かがあるのかもしれない。そう考えると残念な気持ちがします。
    まず前提としてお話ししておきたいのは、スマホの害を問う以前に親子の愛着形成ができにくい時代に我々はいま生きている、というのが僕自身の問題意識の中心にあることなんです。
    いまから20年以上前、まだスマホが流行る前ですけれど、文科省の仕事として幼稚園でできる脳トレの親子遊びを考案して、子供たちが園で覚えた遊びを家庭に持ち帰って親子で楽しんでもらうというプロジェクトに取り組んだことがありました。
    その最初の説明会で保護者は口をそろえて「遊びたくても忙しくてできない」とおっしゃるんです。と言いつつ、その「忙しい」時間の中にテレビを見たり携帯でやりとりする時間は入っていた(笑)。
    ただ、調査を行った地域は割に教育意識が高い地域でしたから、そのことを指摘するとハッと気づいて親子遊びに取り組む方が多くいらっしゃいました。印象的だったのは「初めて我が子の気持ちが分かりました」と感想を言う人が何人もいらっしゃったことです。要は忙しい、忙しいと仕事に追われて生きる中で、子供に向き合い心をつなぎ合わせる余裕すら失っていた。我々はいつの間にかそういう社会をつくってしまっていて、親たちもその中に生きている。
    僕の中でその問題意識が生まれたのが20年くらい前なのですが、スマホの普及により、親子の愛着形成ができない社会がどんどん加速してしまっているんです。

    小泉 その通りですね。

    川島 その科学的メカニズムはまだ答えが出ていないんですけど、僕たちの東北大学加齢医学研究所には、スマホやタブレットをいじっている時の遺伝子の変化を調べているチームがあるんです。スマホ、タブレットが特定の遺伝子に作用し、そこでできたタンパク質が脳の発達を抑制するのではないかと僕は仮説を立てているのですが、結論が出るまでにはさらに5年、10年かかるでしょう。
    いずれにしてもスマホ中毒の親に育てられた子がスマホ中毒になるというのがいまの親子関係の図式です。そういう環境で育った子は他人とのコミュニケーションを結んできていないので他者の気持ちが理解できない。親との愛着形成が不十分であることから、例えば他の大人をなかなか信じることができず、自分の感情を抑えることができないという傾向が出てくるんです。