2017年3月号
特集
艱難汝を玉にす
対談
  • 元駐ウクライナ大使馬渕睦夫
  • 上智大学名誉教授渡部昇一

世界動乱の艱難を
磨き砂とせよ

いま世界は大きな転機を迎えている。保護主義を標榜するトランプ米政権の誕生やイギリスのEU離脱はその象徴的な出来事と言える。今後、世界情勢はどう揺れ動くのか。そして日本はこの艱難をいかに乗り越えていったらよいのか。大局的な視点から世界の動向を分析してきた元駐ウクライナ大使の馬渕睦夫氏と上智大学名誉教授の渡部昇一氏に語り合っていただいた。

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反グローバリズムの中心にあるもの

渡部 2016年を概括しますと、イギリスのEU離脱やトランプ・アメリカ大統領の誕生など世界に衝撃を与えるいくつもの大きな出来事がありましたね。世界はまさに動乱の時代に突入した感がありますが、きょうは外務官僚として駐ウクライナ大使などを務められた馬渕さんとともに、これから世界がどう動くのか、そしてこの艱難に日本はどのような姿勢で立ち向かっていったらいいのかをじっくり話し合ってみたいと思っているんです。

馬渕 よろしくお願いします。

渡部 まずは何と言ってもトランプ大統領の誕生でしょうね。トランプ氏の出方次第で世界は今後、大きく翻弄されることにもなるわけですが、トランプ大統領誕生の背景には近年のグローバリズムに抗うナショナリズムへの回帰といった見方が一般にされています。しかし、私はその反動の中心にアンチ・セミティズム(反ユダヤ主義)があることを見失ってはいけないと思うんです。極端なグローバル化を支えたのは、ユダヤ思想だということですね。
私はフランスの経済学者ジャック・アタリ氏と会ったことがありますが、一介の学者にすぎない彼がなぜ初代欧州復興開発銀行総裁を務め、ミッテラン大統領の補佐官を務めるまでに出世したのか。彼がユダヤ系であり、グローバリズム、さらに進んで世界政府という思想を先導してきた人物であることを考えると、答えは自ずと明らかなのではないでしょうか。

馬渕 確かにその事実はユダヤ思想がグローバリズムを推進してきたことを、よく物語っていますね。反グローバリズムという言葉は差し障りのない表現で、その実は反ユダヤ思想です。グローバル思想というのは則ちユダヤ思想のことなのですが、アメリカではこのことは決して口にできない。

渡部 いわゆるポリティカル・コレクトネス(政治的に中立、公平で差別や偏見が含まれない言葉や表現を用いること)の空気ですね。

馬渕 ええ。分かりやすい例でいえばクリスマスです。アメリカではいまクリスマスだけを祝うことはできません。ハヌカー(クリスマスとほぼ同時期に行われるユダヤ教の年中行事)も一緒に祝います。私がアメリカに駐在していた1981年に既にそうでした。その頃、ユダヤ社会は既にエスタブリッシュメント(支配階級)の一角を占めていたわけですね。

渡部 クリスマスも満足に祝えないのですから、純粋なキリスト教徒たちの不満は、そりゃあ鬱積していますよ。私もある時、アメリカでクリスマスカードを買おうとしたら、年末年始の挨拶にも使えるよう「シーズンズ・グリーティングズ」と書いてあるんです。ユダヤ人に配慮したからだと後で知って驚いたという記憶があります。

馬渕 アメリカの保守の論客パット・ブキャナン氏は「よき伝統的なアメリカ社会が崩壊した」という言い方をしています。表向きの意味はキリスト教の倫理観、道徳観の退廃ですが、裏を返せばユダヤ人が支配するユダヤ的な社会になってしまったという嘆きなんですね。

渡部 戦前、ヒトラーが出る前まではドイツの大学には優秀なユダヤ人学者が多くいました。ところが、彼らが追い払われてどこに行ったかというとアメリカです。アメリカはナチスドイツと戦っていますから、ユダヤ人は皆味方だと思われていた。そういう雰囲気の中で彼らは大学に浸透し、いつしか大学がリベラル化していって、ポリティカル・コレクトネスの動きも大学から始まるんです。

馬渕 その典型がフランクフルト大学に拠点を置くフランクフルト学派です。彼らは文化革命による政権転覆を理論化したマルクス主義の亜流ですが、ナチスの迫害でアメリカに大挙して移住し、そこで学問を花開かせる。グローバリズムも一皮剝くと、そういう思想が底流にあることを知るべきでしょう。

元駐ウクライナ大使

馬渕睦夫

まぶち・むつお

昭和21年京都府生まれ。京都大学在学中に外務公務員採用上級試験合格。43年外務省入省。EC代表部参事官、東京都外務長、駐キューバ大使、駐ウクライナ兼モルドバ大使などを歴任。退官後、防衛大学校教授を経て、吉備国際大学教授を務める。著書に『和の国・日本の民主主義』(KKベストセラーズ)『2017年世界最終戦争の正体』(宝島社)など。

トランプ氏に利用されたアメリカのマスコミ

馬渕 いまのアメリカは、何かにつけてマイノリティー優先社会になってしまいました。一握りの性同一性障害者のためにトイレの男女区別を廃するという極端なところまで行ってしまっているわけです。反対に信仰や家庭を大事にするキリスト教精神はすっかり影を潜めてしまっている。そう考えれば、良識ある人の間から「アメリカ人はアメリカのことをもっと考えようじゃないか」という動きが出てくるのも当然です。

渡部 そのとおりです。その動きがトランプ氏の当選を後押ししたのですね。

馬渕 ユダヤ人を中心とする1%の金融資本家が自分たちに有利な社会をつくろうとするのがグローバリズムで、アメリカ社会は今日までそれを推進してきました。これに対して「人々の雇用拡大などもっと先にやるべきことがあるだろう」とトランプ氏がアメリカファーストを主張したのは、もっともな話なんです。

渡部 アメリカ人のトランプ氏への期待は、このところの株価に象徴されています。日本でもトランプ氏の当選が確定した後、一気に1,000円下落した株価が、勝利宣言をするや逆に1,000円高騰しました。僅か2日の間に空前絶後の動きを見せ、今日まで高止まりが続いている。これが何を意味するかですね。
ご存じのように、当選後のトランプ氏は暴言を連発していた選挙期間中の彼とはまるで別人でした。ヒラリー候補を称え、自分はすべてのアメリカ人の大統領になると笑顔で語る姿は常識人そのもので、これには多くのアメリカ人が驚いたと思うんです。そして、冷静に考えれば、インフラ整備や不法移民の抑止などまともなことをたくさん話していたことに気がついたはずです。
そう思うと、暴言も差別的発言も人々の関心を集める戦術であって、アメリカ中のマスコミがトランプ氏という大実業家に翻弄されたわけです。ある雑誌によるとアメリカのマスコミは100社のうち98社までがヒラリー氏支持だったそうですが、トランプ氏を叩くことで図らずも彼を超有名人にしてしまった。トランプ氏はマスコミをうまく利用したんです。

馬渕 メディアの98%がヒラリー氏支持とは面白いご指摘です。メディアはグローバリズムを推進する立場から、どうしてもヒラリー氏に当選してもらわなくてはいけなかったわけでしょうけど、ここで大切なのはマスコミがそれだけ叩いたにもかかわらず、トランプ氏が当選したことの意味ですね。これは国民の意識がメディアから乖離してきた現れだと私は見ています。その意味で、メディアはいま大きなターニングポイントにあると言うこともできるでしょう。

渡部 アメリカの主たるメディアはどこもユダヤ系です。『ニューヨークタイムズ』も「ジューヨークタイムズ」と揶揄されているくらいです。特に映画界へのユダヤ人の進出は最初から目覚ましいものがあって、だから映画関係者のほぼすべてが反トランプへと動きました。

馬渕 一方、ネットの浸透で既存メディアの独占的な地位が崩れつつあることも忘れてはいけないでしょうね。トランプ氏の発言の内容は切り取られたメディアの情報からは分からなくても、ネットを見ればすべて読むことができます。ネットの普及によって国民がメディアの偏向報道に惑わされなくなったのは、実に喜ばしい傾向です。

上智大学名誉教授

渡部昇一

わたなべ・しょういち

昭和5年山形県生まれ。30年上智大学大学院西洋文化研究科修士課程修了。ドイツ・ミュンスター大学、イギリス・オックスフォード大学留学。平成13年から上智大学名誉教授。著書は専門書の他に『伊藤仁斎「童子問」に学ぶ』『日本の活力を取り戻す発想』『歴史の遺訓に学ぶ』など多数。最新刊に『渡部昇一一日一言』(いずれも致知出版社)。