2018年9月号
特集
内発力
  • 福井大学、子どものこころの発達研究センター教授友田明美
教育への視点

子どもの脳を
傷つける親たち

虐待をはじめとした親(養育者)からの不適切な養育(マルトリートメント)が、子どもの脳を傷つけることが明らかにされた。内発力をも阻害しかねないマルトリートメントによるダメージから、子どもたちの脳をいかに守ればよいか。脳科学の観点からこの問題に携わってこられた友田明美さんに、子どもたちの脳にいま何が起こっているのかをお話しいただいた。

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止まらぬ負の連鎖

厚生労働省が発表した2016年度の福祉行政報告例によると、全国の児童相談所に寄せられた児童虐待に関する相談対応件数は、ここ十数年にわたって右肩上がりで増え続け、12万2,578件に達しています。この数字は児童虐待防止法施行前の1999年度と比較しておよそ10.5倍、2015年度と比べても18.7%の増加で過去最多となりました。
 
また、被虐待者の年齢別対応件数を見ると、小学生が全体の34.0%と最も多く、3歳から学齢前が25.6%、3歳未満が19.5%となっています。
 
子どもの減少が続く中、それに反比例するように虐待が増え続けている背景の1つに、「体罰は教育的効果がある」として肯定する意見がいまだに根強く残っていることが挙げられます。しかし、これに関しては「愛のむちゼロ作戦」キャンペーンが、厚生労働省から昨年(2017年)に打ち出されました。延べ16万人の子どもたちのデータをもとに、体罰は子どもたちに望ましい結果をもたらすのかについてまとめたところ、「体罰は百害あって一利なし」という結論に達したからに他なりません。
 
幼い頃から虐待を受けていると、結果的にはその子ども自身も攻撃的、反社会的な行動をするようになっていきます。そして、いずれは犯罪に手を染めていくことにもつながる可能性があるのです。例えば2015年2月に起こった「川崎中一殺人事件」では上村遼太君が犠牲になりましたが、加害者である少年たちもまた幼少期に実の親から厳しい体罰を受けていたことが明らかになりました。
 
こうした事件はもはや個人や一家庭の問題として片づけられるものではありません。このまま放っておけば、社会全体がしっぺ返しを受けることになるのです。
 
医療の現場においても、身体中に傷を負った子どもたちが運び込まれてくるのを、私は医師として日々たりにしてきました。初めて虐待を目にしたのは、30年以上前、小児科医を目指して研修医になった時のことです。
 
救命救急センターで当直をしていたある夜、3歳の子どもが瀕死ひんしの重傷で運び込まれてきました。両親に事情を聞くと、「階段から落ちて、頭を打ったみたいだ」と言う。ところが、衣服を脱がしてみると全身あざだらけ。しかも、煙草たばこ吸殻すいがらを押しつけたと思われる火傷やけどあとも無数にあったのです。
 
残念ながら、その子は3日後に息を引き取りました。結果的に両親が虐待を繰り返していたことが分かったのですが、私にはそれがとても恐ろしく感じられました。なぜおなかを痛めて産んだ我が子をいたぶったり、苦しめたりすることができるのか、にわかに理解することができなかったのです。
 
子育てにはストレスはつきものです。それは私自身が出産、子育てを通じて実感したことでもありました。それでも昔は多くの家庭で同居するお祖父じいちゃんやお祖母ばあちゃんに助けてもらえていましたが、核家族化によって子育て環境は大きく変わっています。
 
さらに母子家庭、父子家庭も増えていく中、特に若い親御さんたちがいっぱいいっぱいの状態で、「子育て」が「孤育て」になっているのです。その結果が冒頭に掲げたように、児童虐待に関する相談対応件数の増加にも繋がっていると言えるでしょう。

福井大学、子どものこころの発達研究センター教授

友田明美

ともだ・あけみ

昭和35年熊本県生まれ。熊本大学医学部卒業。平成2年熊本大学病院発達小児科勤務。15年米マサチューセッツ州の病院に留学。18年熊本大学大学院准教授を経て、23年から現職。同大学医学部附属病院子どものこころ診療部部長を兼任。日米科学技術協力事業「脳研究」分野グループ共同研究の日本側代表を務める。著書に『子どもの脳を傷つける親たち』(NHK出版)『虐待が脳を変える』(新曜社)など。