2026年2月号
特集
先達に学ぶ
座談会
  • 文学博士鈴木秀子
  • JFEホールディングス名誉顧問數土文夫
  • 臨済宗円覚寺派管長横田南嶺
  • 北海道日本ハムファイターズCBO栗山英樹

先知先哲の人間学

「古典と歴史と人物の研究、これを徹底しなければ、人間の見識というものは磨かれない」碩学・安岡正篤師のこの言葉は、私たちが先達に学ぶ所以を端的に示している。『致知』も48年、古典と歴史と人物を三本柱に据え、毎号の編集に努めてきた。本誌連載の執筆陣である鈴木秀子氏、數土文夫氏、横田南嶺氏に、『致知』の愛読者で無類の読書家として知られる栗山英樹氏を加えた四氏による座談会。それぞれの人生に彩りを添えてきた先知先哲の教えや言葉を語り合うことで見えてくる人間学の深奥な世界とは――。

    この記事は約31分でお読みいただけます

    文学博士

    鈴木秀子

    すずき・ひでこ

    昭和7年静岡県生まれ。聖心会シスター。文学博士。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。ハワイ大学、スタンフォード大学で教鞭を執る。聖心女子大学教授を経て、国際コミュニオン学会名誉会長。聴衆と共に「人生の意味」を考える講演会、各種ワークショップなどで指導に当たる。著書に『「思考は現実化する」を量子力学で解く』(村松大輔氏との共著/ビジネス社)、本誌連載をもとにした『名作が教える幸せの見つけ方』(致知出版社)など多数。

    JFEホールディングス名誉顧問

    數土文夫

    すど・ふみお

    昭和16年富山県生まれ。39年北海道大学工学部卒業後、川崎製鉄入社。常務、副社長などを経て、平成13年社長に就任。15年経営統合後の鉄鋼事業会社JFEスチールの初代社長となる。17年JFEホールディングス社長に就任。経済同友会副代表幹事、日本放送協会経営委員会委員長、東京電力会長を歴任し、令和元年より現職。同年旭日大綬章受章。著書に『徳望を磨くリーダーの実践訓』(致知出版社)。

    臨済宗円覚寺派管長

    横田南嶺

    よこた・なんれい

    昭和39年和歌山県新宮市生まれ。62年筑波大学卒業。在学中に出家得度し、卒業と同時に京都建仁寺僧堂で修行。平成3年円覚寺僧堂で修行。11年円覚寺僧堂師家。22年臨済宗円覚寺派管長に就任。29年12月花園大学総長に就任。著書に『禅の名僧に学ぶ生き方の知恵』『十牛図に学ぶ』『臨済録に学ぶ』『無門関に学ぶ』、栗山英樹氏との共著『運を味方にする人の生き方』(いずれも致知出版社)など多数。

    北海道日本ハムファイターズCBO

    栗山英樹

    くりやま・ひでき

    昭和36年東京都生まれ。59年東京学芸大学卒業後、ヤクルトスワローズに入団。平成元年ゴールデン・グラブ賞受賞。翌年現役を引退し野球解説者として活動。24年から北海道日本ハムファイターズ監督を務め、同年チームをリーグ優勝に導き、28年には日本一に導く。令和3年侍ジャパントップチーム監督に就任。5年WBC優勝。6年北海道日本ハムファイターズのチーフ・ベースボール・オフィサー(CBO)に就任。著書多数。横田南嶺氏との共著に『運を味方にする人の生き方』(致知出版社)がある。

    お馴染みの三氏に栗山英樹氏を加えて

    本誌 『致知』で連載されているお三方の座談会を、これまで2度(2023年3月号特集「一心ばんぺんに応ず」、2025年4月号特集「人間における運の研究」)にわたって掲載してきましたが、今回は「先達に学ぶ」というテーマで、新たに栗山さんに加わっていただきました。まずは、昨年(2025年)を振り返って思うことからお聞かせください。

    栗山 まさしくここにいらっしゃる皆さんが僕にとっての先達で、いつも『致知』や本を通じて学ばせていただいています。
    昨年は、監督という現場を預かる立場からチーフ・ベースボール・オフィサーというチーム編成にたずさわる裏方に回り、それが本格化した1年でした。チームは2位で優勝争いのところまで行ったんですけど、頭では分かっていても思ったように実践できない、データと人間学のバランスをどう取ればいいのかなど、人を育てることや人の才能を引き出すことの難しさを痛感しました。
    ですから、もがき苦しんだ1年でしたし、もっと勉強しなきゃと奮い立つ1年でもあり、そのタイミングで皆さんとお会いしたことで、さぁ今シーズンも頑張ろうとすごく力をもらえています。

    横田 昨年も栗山さんといろいろご縁をいただいて、1月にえんがくに来られて一緒にまき割りやご飯炊きや坐禅をするという、またとない経験をさせていただきました。2023年に『致知』の対談で初めてお目にかかってから、いまもご縁が続いているのはありがたいことだと思います。

    栗山 いえいえ、こちらこそです。

    横田 一昨年、私が総長を務める花園大学の野球部ほか学生たちに話をしていただきましたが、何と先日その中からドラフト1位が出ました。これは嬉しかったですね。
    一方で心を痛めたのは、致知出版社にゆかりの深い先達がお亡くなりになり、追悼文を2回書いたことです。1月2日にかぎやまひでさぶろう先生(91歳)、8月14日にはせんげんしつ大宗匠(102歳)。お二方とも語り切れないほど数多くの教えをいただきましたが、ひと言で表現するなら、鍵山先生は「現代に誇るべき偉大なる日本人」であり、大宗匠は「どこまでも仰ぎ見る禅の人」でした。本当に残念でなりません。

    崇高な思いと現実を見据えた鋭い視点

    鈴木 私は昨年93歳になりました。最近大学時代の友達が亡くなったという連絡を受けることがあって、そのたびに心が痛みます。大親友の曽野綾子さんも2月28日に93歳で亡くなりました。かつては人付き合いの多い方でしたけど、亡くなる数か月前からは近親者以外、誰にも会わなくなったそうです。自分の言いたいことはもう十分話したと。曽野さんらしい生き方だと思いますね。
    やはりその人らしく人生を送ることがよい死につながるのではないでしょうか。人生の最期を自分で計画することはできない。その時が来たら神様にお任せして受け入れることが一番大事だと、たくさんの人の死に直面しながらしみじみと感じています。
    だからこそ、人のために一所懸命お祈りすることができるようになりました。晩年になって仕事はどんどんできなくなりますけど、心を尽くすことはできる。93歳のこの1年はこれまでと随分違って、過去のことを一切考えず、未来のことも思いわずらわず、いま起こっていることをただ受け入れる。自然とそんな毎日を過ごせるようになりました。いま自分ができることは何かということに焦点が定まると、必要のない苦しみは一切消え、毎日がとても楽しくて生きやすくなるんですね。

    横田 まさにおしゃ様が説かれた教えそのものの境地ですね。

    數土 1年前にお会いした時よりさらにべっぴんになられた気がします。

    鈴木 まぁ嬉しい(笑)。実は北海道で3つのワークショップをしてそのまま大阪に行って講演をして昨日帰ってくるという、5日間の強行出張でした。さすがに疲れ果てて、年齢を考えてこんな無茶はもうやるまいと反省したんです。

    數土 私が愉快だったことは2つあります。1つは大谷翔平さん、山本由伸よしのぶさん、佐々木ろうさん、3人の日本人選手がドジャースで活躍し、ワールドシリーズ優勝、国民に元気を与えてくれたこと。関連して、サッカーの日本代表もブラジルに勝利するなど、非常に力をつけてきている。
    それはなぜかと言ったら、日本の若者が世界のトップを目指そうと高いこころざしを持ち、懸命に努力を重ねてきた結果だと思います。

    栗山 日本の野球が世界に通用するようになってきたのは、まぎれもなく彼らのおかげです。

    數土 2点目に、各国の男女格差の現状を示すジェンダーギャップ指数が世界148か国中118位(2025年)の日本で、高市なえさんが初の女性総理大臣となって、しかもふんじんの働きをしておられる。これも画期的なことであり、元気づけられますね。
    それに比べて、日本の政治がこんとんとした状態にあったのは嘆かわしい限りです。高市政権がそれを脱却することを望むわけですが、世界を相手に勝負しようという気迫が政治家から伝わってこない。就中なかんずく、いまの国会中継を見ていても国の予算を決める重要な会議の場で、ある野党議員は週刊誌から拾ったネタを用いて議論を吹っかけている。こんなバカバカしいことがまかり通ってたまるかと。
    ドイツ哲学の弁証法のように、AかBかという二項対立の議論ではなく、AとBのいいところを取って、Cというよりよい解決策を生み出す。こういう論戦を期待したいものです。

    横田 栗山さん、いつもお二方のお話を聞いていますと、鈴木先生の崇高な思いと數土先生の現実を見据えた鋭い視点、まったく対照的で世の中を生きるにはその両方が大事だなと学びを得ているんです。

    栗山 ああ、なるほど。とても勉強になります。